カテゴリ: 北朝鮮

キム・ジョンウン(金正恩)第1書記の動静が40日ぶりに報道された。左手で杖をついている。キム・ジョンウンは1983昭和58)年18日の生まれだから、まだ31歳である。その若さで杖をつくとは、まったくサマにならない。

 

韓国サイドからはしきりに健康不安説が流れてくる。あの太った体型を見ると、運動不足が感じられて、健康不安というのはあながち虚報とも思えない。キム一族の体質には循環器系に弱いところがあり、肥満体は要注意なのだ。

 

朝鮮中央テレビは笑顔のキム・ジョンウンを紹介していたが、すべて静止画というのも気になるところだ。

 

30代という若い最高指導者には、後継者や代行者と目されるようなナンバー2はいないと思われる。しかしピンチヒッターが不在という現状に、ある種の不安を感じている人たちが北朝鮮政界にはいるはずだ。

 

そこで注目されてくるのが、キム・ジョンイル(金正日)の末娘、キム・ヨジョンだ。彼女は現在、党中央委員会の責任幹部として政権の一翼を担っている。彼女を取り巻く勢力ができてくると、北朝鮮はやっかいなことになってくる。

 

わたしは先月、『異形国家をつくった男――キム・イルソンの生涯と負の遺産』という本を芙蓉書房出版から出したが、そこで力点を置いたのは、キム一族の人間関係だった。「歴史というのは、結局、人間関係がすべて」というのは、自分自身が長年抱いてきた思いでもある。

 

 

2005年から2013年までのブログはこちらに保管してあります。

http://shin-oshima.blog.jp/

 

 

127日の産経新聞によれば、チャン・ソンテク(張成沢)の義兄、チョン・ヨンジン(全英鎮)キューバ大使夫妻らチャン・ソンテク親族の大半が処刑されたと韓国の聯合ニュースが報じたという。

 

聯合ニュースの報道によると、チャン・ソンテクの甥にあたるチャン・ヨンチョル(張勇哲)マレーシア大使もピョンヤン(平壌)で銃殺されたとか。これだけでもゾッとするのに、消息通の話では、マレーシア大使の2人の息子も処刑されたというのだ。

 

それだけでは話は終わらず、チャン・ソンテクの亡くなった2人の兄の子どもや孫まで、「直系の親族は全員処刑された」というのだから恐ろしい。

 

チャン・ソンテクには、軍人の兄が二人いた。長兄のチャン・ソンウ(張成禹)は朝鮮人民軍の次帥まで出世したエリートで、ラングーン事件の総指揮をとったといわれる人物だ。

 

次兄のチャン・ソンギル(張成吉)は朝鮮人民軍の第10軍団の政治委員をつとめた。政治委員というのは、日本では馴染みがないので誤解されているが、中国の人民解放軍と同様、司令官と同格である。

 

チャン兄弟の子どもや孫まで抹殺されたのが事実なら、これをどう解釈すべきなのか。逆襲を恐れてキム・ジョンウン(金正恩)はノイローゼになり、常軌を失ったのか。

 

それもあるだろうが、中国へのすさまじいまでの敵意がそこに感じられるのではあるまいか。

 

実際、産経新聞は同じ紙面で、キム・ジョンウンが指示したという、「中国の犬狩りを無慈悲に進めよ」という情報を伝えている。

 

ちなみに「中国の犬」とは、キム・ジョンイル(金正日)時代から秘密警察内で使われてきた中国への内通者を指す隠語だという。

 

〔フォトタイム〕

 

鍛治橋交差点その1

内堀通りがあれば、ご覧のように外堀通りもあります。その標識の近くにあるのは、「鍜治橋跡」を説明する掲示板です。

 

 

 

いま世界でもっとも注目されている兄弟の関係といえば、北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)第1書記と異母兄のキム・ジョンナム(金正男)であろう。キム・ジョンウン体制は親中派のチャン・ソンテク(張成沢)を粛清することで中国のメンツをつぶした。

 

老獪な中国がこのまま黙っているわけがない。いずれ陰湿な方法でキム・ジョンウン体制にお灸をすえる可能性はそう低くあるまい。

 

そのとき、中国の切り札になりかねないのが、キム・ジョンナムだ。

 

200966日、キム・ジョンナムはマカオで日本テレビ系のNNNのインタビューに応じた。そのとき、後継者に決まった異母弟のキム・ジョンウンについてこう答えている。

 

――弟が後継者に?

「それのことについては、メディアの報道で知っています。たしかともいえないし、ちがうともいえません」

 

――報道についてどう思いますか?

「それは父の判断です。父が判断をくだせば、たぶん弟は北朝鮮のつぎのリーダーになれるでしょう」

 

――弟は、父上によく似ていますか。

「そう思います。それは、父が弟を後継者に指名する理由のひとつです。父は、弟を気にいっています」

 

――あなたは、後継者にならないのですか。

「わたしは、後継者問題のなかにいたことはないし、これからもかかわることはありません。わたしは、幸運な人間と思います」

 

――決定はいつですか?

「わかりません。わたしはマカオにいますから」

 

――あなたのスタッフが粛清されたことは?

「知りません」

 

――亡命説が流れているが。

「それはデタラメな話です。わたしは、北朝鮮から亡命してなどいません。わたしは、まだ北朝鮮に住んでいます。中国とマカオは。旅行しているだけです」

 

――北朝鮮が核実験やミサイル発射をする理由は?

「このような質問は、わたしではなく、父か弟にすべきです。すみませんが、このような質問には答えられません。わたしは、政治的な問題には、いっさいかかわっていませんから」

 

――さいごに弟に会ったのは?

「覚えていません」

 

――何年も前ですか。

「覚えていません」

 

 ――弟のことは好きですか。

「かれは、弟です。もちろん、弟は好きですよ。わたしが、弟を嫌えると思いますか。それは不可能なことです」

 

――弟は、どんな性格ですか。

「すみません、ノーコメントです」

 

おそらくキム・ジョンウンとキム・ジョンナムは、まだ会ったことはないと思う。

 

〔フォトタイム〕

 

皇居 桜田二重櫓その7

日本の重厚な伝統を感じさせる、すばらしい風景です。

 

 

ある会合の雑談で、「北朝鮮のナンバー2といわれた3代目の後見人が処刑されたけれど、いまはだれが北朝鮮のナンバー2なのか」という問いが出た。

 

これは、けっこう難問である。

 

というのは、銃殺されたチャン・ソンテク(張成沢)をナンバー2と呼んでいいのかどうか、この問いの前提自体にかんして議論が分かれるからだ。

 

北朝鮮のような独裁国家では、そもそもナンバー2が存在し得るのか、という見方にはそれなりの説得力がある。

 

ただ、キム・イルソン(金日成)時代の後半、北朝鮮にはれっきとしたナンバー2が存在した。いわずと知れたキム・ジョンイル(金正日)だ。

 

そういえば、19721228日は、キム・イルソンが首相から主席になった日である。

 

〔フォトタイム〕

 

 

皇居 桜田二重櫓その6

桔梗門が見えます。

 

 

 

↑このページのトップヘ