カテゴリ: 生き方

 ロシアのプーチン大統領はクリミア半島を併合する際、場合によっては核兵器を使うために準備を進めることを検討していたと、テレビのインタビューで明らかにした。

 恫喝だと思う。

 プーチンに限らず、世界の指導者クラスになれば、自分が後世の史家にどう評価されるかを気にしている。

 世界で最初に核兵器を使用したのはトルーマンだが、トルーマンについで二番目に核兵器を使う指導者はトルーマンとは比較にならない批判を浴びるはずだ。そのことをプーチンは知らないわけがない。

 決して使うはずはないと思う。しかし、使うかもしれないと思わせるところに、核兵器の威力を感じる。北朝鮮が核開発に血なまこになるはずだ。

224日の産経新聞に竹下登元首相の気配りが紹介されていた。そのなかで石破茂幹事長が、昭和61年の衆院選で初当選したあと、竹下邸で一風変わった巻紙を見た話が出ていた。

 

そのとき、竹下さんは幹事長で首相の座を狙っていた。

 

<「首相になるのは、こういうものが必要なんだ」

石破ら当選1回の若手議員たちの前に、長い紙を広げた。縦欄に日付、横欄に1月から12月を書いた細長い暦で、与野党議員の誕生日がぎっしりと書き込まれていた>

 

わたしも、昔、竹下さんの事務所でその巻紙を見せてもらったことがある。

 

竹下さんに、「石破くん」と名前を呼ばれただけでも感激する1年生議員が、国会内やパーティー会場で、竹下さんとすれ違ったときに、「誕生日、おめでとう」と声をかけられたら、卒倒するくらい感動するはずだ。

 

それは、なにも新人議員にかぎらない。竹下さんのすごいところは、野党のベテラン議員でも案外、こういう気配りには弱いことを見抜いていたところにある。

 

〔フォトタイム〕

 

和田倉橋その1

日比谷通りから和田倉橋を渡ると、和田倉噴水公園へ出ます。

 

 

 

2005年から2013年までのブログはこちらに保管してあります。

http://shin-oshima.blog.jp/

 

苦境にある人に、厳しいことばは、なかなかかけにくい。ところが、フリーの試合を前にした浅田真央選手のコーチも実姉も、けっこう、厳しいことばをかけたようだ。

 

浅田選手の姉は日本にいてNHKの特別番組に出演していたが、電話で妹を叱ったという。「心を鬼にして」というが、お姉さんは、まさに心を鬼にして、茫然自失にちがいない妹さんを叱責したのだろう。

 

その叱責は、亡くなった母親代わりという心境だったと思う。

 

もっとも身近なコーチと姉の厳しいことばをバネに、奇跡的な演技を見せた浅田選手もさすがに超一流のアスリートである。

 

一般的には、落ち込んだ人への厳しいことばは、強いダメージとなって長く尾を引きかねないので、じつにむつかしい。

 

フリーの得点では、浅田選手は3位だった。もし、浅田選手の出場順位が、キム・ヨナらと一緒の最終組なら、もっと得点があがっていた可能性がある、と、フィギュア界にくわしい人が語っていた。 

審査員の心理として、先に演技する選手に高い得点を出しにくいというのは、なんとなくわかる。後半にひかえる有望選手との比較ができないからだ。 

 

かえすがえすも初回の失敗が悔やまれるが、ものは考えようで、それがあったからこそ、あのすばらしい感動が生まれたともいえる。 

 

〔フォトタイム〕

 

汐留地下道その7

日本テレビ本社の前にユニークなオブジェがありました。それともベンチなんですかね……。

 

  

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インドネシアのバリ島で7人のダイバーが行方不明になった事故は5人が救出され、1人が遺体で発見された。行方不明になっている1人の救出が待たれる。

 

75時間生き延びた人たちの話は、とても他人事とは思えなかった。

 

だれでも一度や二度は経験があると思うが、来るべきものが来なかったり、当然そこにあるべきものが突然、なくなっていたときの驚き、不安、恐怖感は耐え難い。

 

それが嵐の海で起きた。

 

214日午後、天候に問題はなかった。7人は海に潜り、やがて浮上すると辺りの状況が一変していた。強風と豪雨。近くに自分たちを待っているはずの船が見当たらない。こういうときの気持ちは、とてもことばでは表わせない。

 

にもかかわらず、7人は冷静だった。むろん、当事者にすれば、冷静なんてとんでもない、という気持ちであろうが、しっかりとかたまり、はぐれないように細心の注意を払っていた。

 

だれもパニックにはならなかったという。気丈な女性たちだったのだ。

 

そのうちに2人がはぐれ、結果として、これがバリ島の明暗をわけてしまった。潮に流され、ほんのちょっとしたすきに離れてしまったのだろう。運命は紙一重である。

 

〔フォトタイム〕

 

汐留地下道その3

青天井の、ビルの谷間のオアシスのようですね。

 

 

ウォーキングのコースである公園に入って、樹木の災難を目の当たりにした。あちこちに枝がざっくりと落ちている。一人ではとても持てそうもない大きな枝も転がっている。

 

昔、樹木には常緑広葉樹、落葉広葉樹、常緑針葉樹、落葉針葉樹があると教わった。当然、いちばん雪の重みにやられたのは、冬でも大きな葉のある樹木である。

  

その量が半端ではなく、あらためて雪の怖さを再認識した。

 

振り返ってみると、雪国で生活していた子どもの頃、樹木の枝がこれほどまでに散乱している光景の記憶がない。

 

自分の背丈以上の積雪は当たり前の豪雪地帯なのに、ほとんどの樹木はじっと雪の重みに耐えていたのだ。ほんとうは、そういう木だけが生き残っていたのだが、なんだか、ふるさとの樹木の辛抱強さが愛おしくなってきた。

 

要するに、雪があまり降らないところの樹木はひよわで、雪国の樹木のようなしぶとさに欠けるのだ。

 

そういう自分も似たようなものかもしれない。雪国で生活していた頃の何倍も暖かいところで暮らしているうちに、すっかり忍耐力やしなやかさを失ってしまったように思う。

 

〔フォトタイム〕

 

汐留地下道その2

右手に日本テレビ、前方に電通、左手にパナソニックがあります。

 

 

 

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