カテゴリ: 社会

スリといえば、男というイメージが強い。しかし、ここ数年間、ヨーロッパで見かけたスリは圧倒的に女が多かった。それもあどけない少女であったり、かなりの美人であったり、ちょっとスリのイメージから遠いのである。

 

とはいえ、これは個人的な体験であり、実際にはちがっているかもしれない。

 

昨年、パリの地下鉄の車内で高校生くらいの女の子45人に取り囲まれた。そのうちの一人が、「いま、何時ですか?」と聞いたときに、あ、これはまずいと、電車がカーブで揺れたときに、囲みから脱出した。

 

先日は、やはりパリの地下鉄の階段を上がるところで若い女の子たちが近づいてきて、ショルダーバッグを開けようとしているのに気づいた。このときは、思わず手で払いのけたら、逃げ出したが、あとでこういう方法でよかったのか、ちょっと考えた。

 

というのは、払いのけた手の勢いがよかったのか、彼女は、あっと声を出した。もし、目にあてたり、顔にケガをさせたら、めんどうなことになっていたかもしれない。

 

外国で自分の行動の正統性を説明するのは、外国語が達者な人はともかく、そうでない人間にはかなりきつい。

 

ジプシーの子どもたちには何度も襲われかけたが、これは逃げるが勝ちと、さいわい被害に遭ったことはない。

 

ところが、先日、コートのポケットに入れておいた買ったばかりのパリの地下鉄の10枚つづりの切符をスラられてしまった。それが、どこで、どういう状況でスリにやられたのか、何一つ心当たりがない。

 

完璧なまでのハヤワザに、「お見事」というのはヘンな話だが、まさしくこれは女の子たちのスリ集団とはちがうホンモノのスリの仕業にちがいない。

 

〔フォトタイム〕

 

スターの手形その1

浅草公会堂の正面には、スターの手形が並んでいます。

 

 

 

評論家の宇野常寛(うの・つねひろ)氏が、212日の朝日新聞で、リベラル勢力の姿勢を批判していた。記事によれば、氏は1978年生まれで、著書に『日本文化の論点』などがあるという。

 

<都知事選を読み解く 若者に届かぬリベラル>というタイトルの聞き書きで、まず宇野氏は、「ネット保守」と呼ばれる層に人気の高い田母神俊雄氏が61万票を得たことに衝撃をうけたという。「リベラル勢力は自分たちのことばが届かない若い層がこれだけいるということを軽視してはいけないと思う」といい、つぎのように語っていた。

 

<ぼくの考えでは、こうした若いネット保守層は甘く見られてきた。承認欲求が満たされない『かわいそうな若者』とレッテルを貼り、ただ軽蔑して済ませていた>

 

ネット保守層はこうした「かわいそうな若者」にとどまらないのではないかという宇野氏は、リベラル勢力の弱点をつく。

 

<現実に東アジア情勢は緊迫し、北朝鮮の状況も混迷している。この状況下で、防衛、外交方針を具体的に打ち出す保守派に対して、リベラル勢力は数十年前から更新されないことばで教条的かつ精神論的な憲法9条擁護論を繰り返すだけで、現実に存在する国民の不安に対応しようとしない>

 

教条的かつ精神論的な論理展開は、ほかのテーマでも見られるところだが、それはさておき、宇野氏の弁をつづけよう。

 

<たとえば、自民党が国防軍の明記などを盛り込んだ憲法改正草案を発表したとき、多くのリベラルな憲法学者たちは「憲法とは何かを分かっていない」と自民党案をバカにした。もちろんこうした指摘自体は妥当だったと思うし、個人的にも支持します。しかし、リベラル勢力はこうして相手をバカにするだけで自分たちは具体的な、現実的な処方せんを出せていない。これでは、実際に国防に不安を抱いている人々を安心させるどころか、「この人たちは自分たちの話を聞いてくれない」と心を離れさせるだけです>

 

では、リベラル勢力はどうすべきか。宇野氏の見解はこうだ。

 

<私見では、国家に軍事力が必要であることも、近隣諸国の反日ナショナリズムの問題もー通り認めた上で、保守派の掲げる「重武装化」や「強気外交」以外の現実的な選択肢を提示することが、リベラルの側にもっと必要だと思う。性急な改憲や重武装化以外の手段を講じた方が、国防に結びつくというアピールが足りていない。その背景にあるのは、リベラル勢力のある種の大衆蔑視だとぼくは考えています>

 

これは意見の分かれるところだろう。ただ、リベラル勢力の大衆蔑視というか、一部の自称リベラル人の冷笑的な態度というのは前々から気になっていた。文中、いくつか同感するところがあったので、あえて長々と引用した次第。

 

 

<お知らせ>2005年から2013年までのブログはこちらに保管してあります。

http://shin-oshima.blog.jp/

 

〔フォトタイム〕

 

阪急メンズ東京その3

JR有楽町駅を背にして、この角を曲がれば、マリオンです。

 

 

29日午後5時からのテレビ朝日「Jチャン」で、雪国の灯油配達人を追っていた。暖房はもちろん、煮物からお風呂まで灯油なしには日々の生活ができない山間部の人たちにとって、灯油配達人は掛け替えのない存在だ。

 

「命の綱は灯油」というのは、誇張ではあるまい。

 

首都圏に住む人たちも、今回の大雪で雪国の山間部の人々の気持ちがすこしはわかったはずだ。

 

わが家も暖房は灯油に頼っている。灯油配達は日曜と決まっている。しかし、大雪でこの日曜日、灯油配達のクルマは来なかった。さいわい、すこし離れたところにガソリンスタンドがあるから、イザとなれば、そこへ行けばよい。

 

雪深いところでは、そうかんたんにはいかない。灯油配達人のクルマが来なければ、たいへんなことになる。

 

そのことを知っている灯油配達人の真剣さに感動を覚えた。「命の綱は自分たち」と口にこそ出さないが、それに近い灯油配達人の強い使命感が伝わってきた。

 

商売じゃないかといってしまえばそれまでだが、地方の高齢者を支えているのは、必要なものを確実に届けている、こういった人たちなのである。

 

〔フォトタイム〕

 

数寄屋橋公園その7

かつてここに橋があったとは、とても想像できませんね。

 

 

「週刊文春」213日号を買ってきた。<全聾の作曲家はペテン師だった!」という衝撃的なタイトルの記事を読むためだ。

 

前文も過激である。

 

<黒装束にサングラス姿、障害のために杖をつき、左手には白いサポーター。全聾の上に様々な困難を一身に背負う男は「絶対音感」を頼りに作曲をつづけてきた――。だがそれは、何重にも嘘に塗り固められた虚飾の姿だった。18年間、「共犯者」をつとめた男のざんげ告白>

 

たしかに、そういわれても仕方がないのも事実。一読して思うことが、いくつかあった。その一つは、佐村河内守(さむらこうち・まもる、50歳)という人はなかなかの商売人だということ。

 

この人の商才は、たいしたものである。作曲家ではなく、プロデューサーとして音楽界にデビューしていれば、かなりのところまでいけたはずだ。

 

「週刊文春」によれば、大ヒットした「交響曲第1番≪HIROSHIMA≫――大友直人指揮 東京交響楽団」は、ゴースタライターの新垣隆氏(43)が2001年、佐村河内氏から発注を受けたときは、「現代典礼」というタイトルだった。

 

その時点で、佐村河内氏にも新垣隆氏にも、「広島の原爆投下直後の20分を描く」といった意図はまったくなかったという。

 

新垣氏が2003年に完成した「現代典礼」はまったく日の目を見なかった。それを佐村河内氏は、新垣氏には知らせず、広島、原爆というテーマに変えて、≪HIROSHIMA≫というタイトルにして、あちこちに売り込んでいった。

 

この狙いは、図星だった。

 

2007年、佐村河内氏は自伝『交響曲第1番』を刊行。この本を読んだ当時の秋葉忠利市長は、被ばく2世で、核兵器の廃絶を訴える佐村河内氏に感動、2008年、広島で開催されるG8サミットの記念コンサートに、まだ演奏もされていない≪HIROSHIMA≫を抜擢したのだ。

 

これがきっかけだった。そして、テレビディレクターの応援を得て、NHKスペシャルで放映されるまでになったのである。

 

〔フォトタイム〕

 

数寄屋橋公園その6

狭い公園ですが、ちゃんと池もあります。

 

 

 

サラリーマン社会から離れてベアとかボーナスへの関心は薄れてしまったが、それでもひとこといってみたくなった。

 

トヨタの今年度の営業利益が6年ぶりに24000億円の大台に乗ったという。にもかかわらず、トヨタですらベアで話題になるのは何千円という金額。ほかの企業も推して知るべしだ。

 

経営側にすれば、千円単位でもタイヘンなのだろうが、サラリーマン社会に属しない人間からみると、どこかみみっちい。

 

そこでひとこと、「せめて要求額くらい万単位にならないの?」と、いいたいのである。

 

むろん、妥結額が万単位ならいうことなし。あちこちで高額ベアが実現すれば、世の中、ずいぶんあかるくなると思う。ベア自体は自分にはまったくかかわりのないことだが、あかるいご時世は大歓迎である。

 

4日は雪は降るし株価も600円以上下落して暗いムードが広がっているだけに、あしたあたりどこかの企業で3万円ベアをぶち上げてくれないものか。

 

〔フォトタイム〕

 

数寄屋橋公園その2

傘が3本、ぶらさがっていました。

 

 

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