名前とちがって、ちっとも静かでない国民新党の亀井静香さんは、昭和一一年一一月一日、広島県庄原市で生まれた。一並びの上がりは、官邸の主になることだったが、意に反して権力の中枢から離れることになった。
それでも自民党時代の仲間と比べれば、言いたい放題の政治家稼業だった。ただ、手塩にかけて育てた国民新党のメンバーのなかで消費増税法案の閣議決定に抵抗し、連立離脱に同調したのは、政調会長の亀井亜紀子さんただ1人というのは、気の毒であった。
「亀井亜紀子さんって、亀井静香さんの親戚ですか?」と聞かれたことがあったが、まったく関係はない。亀井亜紀子さんは、島根のお殿様や岩倉具視の縁につらなる人のようだ。
その亀井亜紀子さんがご自分のホームページに、こう書いていた。
「ポストや権力にしがみつく人間の姿というのは、ほんとうに醜いものです。国民新党として、国民にこういう状態をお見せするのは残念なことですが、いまはこれが現実です」
金融相、復興副大臣、総務政務官、外務政務官と、国民新党は所属国会議員8人の小所帯ながら破格の政務三役4ポストを得ていた。これも剛腕の亀井さんだから可能だった人事。しかし、だれも辞めなかったところに、亀井さんの読みの甘さがあった。
もはや、親分子分の時代は、とっくに過ぎているのである。
〔フォトタイム〕
工事中の歌舞伎座その5
どういう建物になるのでしょうか。
コメント
コメント一覧 (5)
小沢一郎氏との関連で、まだまだしぶとく
生き抜く覚悟はあると見ました。
政治家というものは、これだけ執念を持てる
という典型だと思います。
国民新党の閣僚たちも情けない。次はないのにね。
いさぎよさというのも、日本人は判官びいきで
あることを知らないね。
残念!。
人として、いや政治家なら尚更筋を通さないと誰からも信用されなくなります。
例えば、選挙で普天間の本土移設を訴えたところで、閣僚ポストを与えられたら沖縄固定化に賛成するんだろ。と取られてしまいます。
政治家としての将来を棒に振ったとしか思えませんね。
亀井さんも民主党が消費税率上げ法案を出したときに連立を離れれば良かった。
亀井さんの優柔不断さが良く現れている。
> もはや、親分子分の時代は、とっくに過ぎているのである。<
あの~ぅ、大島信三様が認識されている『親分子分の時代』とは、どのような時代でしょうか?
大島信三様は、政界の党・派・グループには、『親分(親玉。なかまのかしら)。』も『子分(親分に使える人。人の言いつけに従って働く人。手下。部下)。』も現代は存在せず、『親分子分の関係』は、有害無益だから排除すべきだとお考えですか?
然し、『義理』が廃れて『人情』が荒んで、公序風俗が乱れていると思しき現代こそ、政界に限らず、一般世間においても、適切な『親分子分の関係』が必要でしょうね、きっと…。
一般的な『親分子分の関係』とは、「血縁上・戸籍上の親子関係にない人間同士が『義理』の親子関係を結び、親分・親方は、親代わりになって、子分・子方の面倒を見て教え込み、また、子分・子方は、子と同様に親分・親方に追従して学習・練習しながら渡世上の知識・技術・技能を習得するために、必要な『人情』を保持して、伝統的な知識・技術・技能などの教習に関係する方便としての親子関係」と云う概念を認識・表現するのに用いる語でしょうね、たぶん…。
尚、『親分子分の関係』は、『寄親寄子制度(親子に擬制して結ばれた主従関係または是に准ずる保護者・被保護者の関係で、保護者・指南・奏者の側を寄親と称し、被保護者・寄騎・与力・同心の側を寄子とも称す)。』の伝統と共通点があるでしょうね、たぶん…。
因みに、日本には古来『寄親寄子制度』の類の風習があり、戦国時代になると大名は、主従関係の安定化のため、寄親となった有力武士の権利を保障し、寄子が濫りに寄親を変えることを禁じたり、大名への訴訟は寄親を通じて行うことを命じて強制力を持たせる一方、寄親が寄子に恩給を与えなかったり、その他寄子に対する不当な扱いを行った場合には寄親を変えさせるなど、寄子を自己の軍事力として確保する政策が取られたようですね、たぶん…。
私の生まれた甲州でも武田家が『寄親寄子制度』を強制していたようで、30年程前に結婚したとき仲人とは別に、父親から『親分』を押し付けられましたが、帰省したときなどには、『親分夫婦』に、いろいろ面倒を見てもらいました…。
そのような政党から閣僚になれるのが不思議です。
閣僚のチャンスなどめったになく、辞めたらただの人になってしまうというわが身可愛さで、辞めないのでしょう。
亀井さんは消費税反対ですが、石原新党は賛成です。
今後どう解決するつもりなのでしょうか。