柔道の井上康生選手(29)の笑顔がいい。半面、ときには修道僧のような表情をみせることもある。勝負師の顔というより、なにか内面的な深さといったものを感じさせる。一芸に秀(ひい)でた人は、やはり心も磨かれていくようだ。これからは、指導者の道を歩むのであろうが、柔道の技だけではなく、人生哲学におよぶ幅広い教育者になると思う。そもそも近代の柔道は、人間教育を目指していた。

 

井上選手がシドニー五輪で金メダルを獲得したとき、表彰台に母親の遺影をもってあがった。こういうストレートな肉親への感謝の表現は、だれもができることではない。井上家の、家族の絆の深さを象徴するシーンであった。しかし、ほのぼのムードのファミリーではない。井上選手と、父親の明さん(61)は、親子である前に、きびしい師弟の関係にあった。

 

家庭環境も変わった。母親を失くしたあと、こんどは父親が脳梗塞で倒れた。長引く低迷。その後、まだ左半身にマヒが残る明さんにコーチを頼んで、再起を決意。親子は、寝食をともにして北京を目指した。

 

井上選手の兄2人も有望な柔道選手であった。しかし長兄は32歳の若さで急逝。次兄とは、直接対決を3度も経験した。井上選手は、家族愛を全身で受け止めながらも、さまざまな試練に耐えてきた。

 

4月29日、全日本選手権がおこなわれた東京・日本武道館。テレビをみていたら、応援席にことし1月に結婚した亜希夫人(25)の姿が映った。一喜一憂する亜希夫人。その前で、井上選手は押さえ込まれてしまったが、もう十分に戦ってきたのだから悔いはあるまい、と思った。

 

〔フォトタイム〕

 

根津神社その3

宝永3(1706)年、5代将軍綱吉による大造営が完成しました。本殿、幣殿、唐門、西門、透塀、楼門で、すべて現存しています。いずれも重要文化財に指定されています。