2015年04月

 地方議員はやりがいがあると思う。議員には、ここまでやったら十分、という境界線がない。本気で取り組めば、とめどもなくやることがある。それでいて首長のような直接、行政を動かす権限がない。これは、じつに歯がゆいにちがいない。あれやこれやあって、よほど強固な使命感がないと地方議員はつとまらない。

 それでも村会議員や町会議員はまだ本業の合い間につとめることができる。しかし、市会議員の多くはそれでは継続して議員活動ができなくなってきた。議員の職業化だ。いったい、職業としての地方議員は、どういう意味を持つのだろうか。 

 まず、いえることは、議員の報酬で生活していることだ。ほとんどの議員はそれで家族を養っているはずで、四年が経つと直面しなければならない選挙は、文字通り死活問題となる。そう思うと、開票速報も切なくなってくる。

 

 維新の党の上西小百合衆議院議員が、党を除籍になったという。大阪の選挙区で落選し、比例近畿で当選した人である。自分のよって立つ基盤からはずされたわけで、国会議員の資格を失うことはなくとも、なにか浮草のような存在になってしまった。

 この顛末をみていると、人徳ということばが思い出され、やっぱり人間には人徳がとても大切なんだなあ、と感じた。

 とにかく大阪市長の橋下さんの怒りはすごかった。あれほど突き放した言い方を耳にしたのは、何十年ぶりだろうか。衆院選で手を携えてきた同志に対することばとは、とても思えないほどにトゲトゲしかった。

 結局、上西小百合という人には人徳がなかったのだろう。人徳がすこしでもあれば、彼女は追いつめられることはなかった。

 

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