2014年03月

必要があってアメリカ人ジャーナリスト、ドン・オーバード-ファーの著書『二つのコリア――国際政治の中の朝鮮半島』(菱木一美訳、共同通信社、一九九八年)を読み返していたら、パク・チョンヒ(朴正煕)元大統領の日記の一節が目に留まった。あらためてパク・チョンヒの言い知れぬ寂寥感に思いを馳せた。

 

1974815日、ソウルの光復節記念式典会場でパク・チョンヒ大統領は在日二世に狙撃され、弾はパク大統領夫人のユク・ヨンス(陸英修)さんにあたり、ユク・ヨンスさんは死亡した。いうまでもないが、現在の韓国大統領、パク・クネさんの母親である。

 

妻を失ったパク・チョンヒ大統領は落ち込み、その性格までが変わったといわれる。性格の変化は政策にまで影響した。

 

事件から1年後の1975815日、夫人の一周忌にパク・チョンヒ大統領は日記にこう書いたという。

 

<一年前のこの日午前945分ごろ、お前はオレンジ色の韓服を着て降りてきた。そしてわたしたちは一緒に式典に出かけた。お前の生涯でさいごの青瓦台からの出発だった。1年前のこの日はわたしの人生でもっとも長く、もっともつらく悲しい日だった。わたしの心は悲しみと絶望でからっぽになった。わたしは世界のなにもかも失ってしまったような気がした。すべてのものが重荷になり、わたしは勇気と意志を失った。 

あれから1年が経った。この1年の間、わたしはひそかに一人で、数えきれないほど多く泣いた>

 

娘のパク・クネさんもまた、母親の死で人間的に変わったところがあったのだろうか。

 

〔フォトタイム〕

 

和田倉橋その7

噴水公園側から見た和田倉橋です。

 

 

500億円という気が遠くほどの巨額な資金が吹っ飛んだというのに、ほかの取引所の下落率は予想以上に低い。

 

むろん、ビットコイン預金者にすれば、多額の損失だが、これだけの事態を考えれば、地球上のすべてのビットコインに取りつけ騒ぎが起きてもおかしくない。

 

各国の財政の責任者も、金融専門家も、学者も、メディアもこぞって、「ほれ、見たことか」とビットコインの末路を予言しているのだ。

 

にもかかわらず、取引所によっては急落した相場を徐々に盛り返している。

 

恐るべし、ビットコインというべきか。オランダのチューリップとは、これはちょっとちがうかもしれない、という気がしてならない。

 

果たして今回のトラブルを救う白馬の騎士があらわれるか。かつ原因をつきとめられるか。再発を防ぐ、万全のシステムを構築できるか。

 

ビットコインの正念場である。

 

〔フォトタイム〕

 

和田倉橋その6

東京は、江戸が遺してくれた景観にずいぶん助けられていると思います。

 

 

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