2014年02月

小学生のとき、隣りの席の女の子の弁当が、日の丸弁当だったのでびっくりしたのをかすかながら覚えている。

 

ごはんの上に梅ぼしがたった1個。まだ、日本はまずしい時代だったが、それでも、わが村でこういうシンプルな弁当を持ってくる児童はいなかった。最低でも梅干しのほかに、あと一品はあった。

 

女の子は疎開っ子で、そんなに長くはいなかった。

 

後年、子どもの頃、大都市にいた知人は、ごはんの上に梅ぼし1個の弁当を、「うらやましい」といった。白いごはんが食べられただけもシアワセだという。

 

村にときどき仕事に来る男の人が、わが家で食事をしていった。といっても、一緒に食事をしたわけではなく、持参したトーストを囲炉裏端で焼いて、それを夕飯にしていた。そのこんがりしたトーストがうらやましかった。ああいうハイカラなものをいつか思う存分食べたいというのが、子どもの頃の夢であった。

 

初めて都会で寿司屋に入ったとき、注文の仕方がわからなかった。田舎にいたとき、食べたことのあるのは、海苔巻きと稲荷ずしくらいだ。注文を聞かれて、思わず、「稲荷ずし」といった。そのあと、どういう展開になったのか、まったく記憶にない。

 

228日の読売新聞によれば、中国国営新華社通信や中国国営中央テレビ(CCTV)といった中国国営メディアが、世界各国のメディアに浸透している動きについて、実態把握に乗り出す方針を固めたという。

 

正直にいって遅すぎた感があるけれど、やるからには徹底的に中国のメディア戦略のからくりを解明してもらいたい。

 

<外務省によると、新華社通信は、アフリカや中南米などの途上国のメディアに格安でニュースを配信。ベネズエラ、ラオス、カンボジアなどでは、高額な配信料をともなう欧米メディアが遠ざけられ、新華社通信のニュースがハンランする結果となっている>

 

その結果、安倍晋三首相の靖国神社参拝や尖閣諸島をめぐる問題などで、中国の一方的な主張が国際社会に拡散しているというのだ。

 

国営の新華社通信や中央テレビには、中国政府の潤沢な資金が入っている。いわば国をあげて自国のプロパガンダ、敵視する国のネガティブ・キャンペーンに取り組んでいるわけで、その最大の標的とされているわが国としては手をこまねいているわけにはいかない。

 

 

新華社通信の配信は英語、フランス語、スペイン語、アラビア語など計8言語に拡大しているという。日本も負けてはいられない。

 

海外展開を活発化させている中央テレビは、BBCなどから引き抜いた欧米人キャスターを起用し、中国色を隠す手法で浸透を図っているという。そこにさりげなく反日をひそませているのだ。したたかな中国発のニュースといわざるを得ない。

 

〔フォトタイム〕

 

和田倉橋その5

水と橋と石垣、それにビルがほどよく調和しています。

 

 

森喜朗元首相の「転ぶ」発言に関するメディアの報道は、例によって一点集中主義の展開になってにぎやかだった。

 

「大事なときにかならず転ぶ」のみを摘出し、発言者の人格まで攻撃する手法は、自分もかつて属していたメディア界の常套手段だが、その品性のなさに苦笑せざるを得なかった。昔、自分もあんなふうだったのか、と。

 

森さんは座談の名手で、講演の人気も高い。森さん独特の口の悪さもまた魅力の一つで、そこがまた、メディアに狙われやすかった。

 

問題の発言を部分的にではなく、全体としてみれば、むしろ浅田選手へのエールとなっている。

 

それはともかく、浅田選手は、外国特派員協会の会見で、きびしい森批判を期待する質問に、「わたしは気にしていませんが、森さんは、いま、すこし後悔しているのではないかなと思います」とかわし、「後悔はしていない」という森さんも「真央ちゃんを大好きな孫からものすごく怒られた」とテレビで語っていた。

 

こっちのほうが、よっぽどおとなの応酬だと思った。

 

〔フォトタイム〕

 

和田倉橋その4

お濠の水がなごませてくれます。

 

 

小学生の頃、校舎の暖房はどうなっていたのだろう。もう記憶が薄れてしまったが、最初は木炭だったように思う。 

教室に火鉢がひとつ。それがすべてであったような気がする。しかし、火鉢ひとつで広々とした教室の寒さに耐えられたのだろうか。いくら雪国育ちでも、寒いものは寒い。

では、石炭だったのか。石炭ならいくらかマシだ。それとも、火鉢はもうひとつくらいあったのか。

いずれにしても、火鉢を囲んでいたのは、腕力に自信のあるものばかりで、それもせいぜい56人が限度だ。 

気の弱い者や女の子はひたすら寒さを我慢したのか。

しかし、教室の寒さに閉口したという記憶がまったくない。厚着でもしていたのか。そういえば、長靴はなく、わらでつくったわらぐつをはいて登校していた。あれは、暖かかった。 


<お知らせ>226日の「大島信三のひとことメモ」のテーマは「ビットコインが取引停止」です。
http://www.iza.ne.jp/izablog/oshimas2/entries/


 

 

226日の朝日新聞夕刊によれば、東京に本拠を置くビットコインの大手取引サイト「Mt.Gox」(マウント・ゴックス、本社・渋谷区)は26日未明、すべてのサービスを停止したという。

 

ビットコインはこれまで約1250万枚発行され、現在は1単位あたり500㌦(約51千円)で取引されている。

 

記事によれば、マウント・ゴックスでは全流通量の6%にあたる74万枚のビットコインが失われた可能性があるという。円に換算すると約370億円になる。

 

ネット上の仮想コイン、ビットコインのすべてが取引を停止したわけではないが、世界中に混乱が広がるのは必至だ。

 

現在の発行枚数、1250万枚は円にして約7650億円。マウント・ゴックスの取引所停止で、取りつけ騒ぎが世界で起きると収拾がつかなくなる恐れがある。

 

政府や中央銀行といった後ろ盾がないので、トラブル発生への対処も確立されていない。ただ、これによって、ビットコインが消滅するわけではなく、事態の推移を見守りたい。

 

〔フォトタイム〕

 

和田倉橋その3

江戸時代はここに和田倉門がありました。

 

 

<お知らせ>2005年から2013年までのブログはこちらに保管してあります。

http://shin-oshima.blog.jp/

 

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