2013年05月

知人の息子さんはある金融機関に勤めている。異動があって調査部へ行くことになったという。

 

「調査部というのは、どこか新聞社と似ていますよね」と知人。たしかに仕事の内容に共通点がある。そこで、なにか息子にアドバイスを、というのだが、もう現役でもないし、ましてや金融機関の調査レポートの書き方など見当もつかない。

 

その道のことは、その道の専門家に教わるのがいちばんだ。

 

そこで、西川善文著『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』(講談社)の一読をすすめた。

 

西川さんは、住友銀行の調査部で頭角をあらわした人。融資第三部長、取締役企画部長、常務企画部長、専務などを経て、58歳で頭取に就任した。2006年に民営化された日本郵政社長に就任した。

 

西川さんは調査部に入って3年ほど経つと、新入部員のめんどうをみるようになった(以下の文中で弟子というのは、新入部員のこと)。

 

<調査に同行させ、わたしのやり方を見習わせるのだが、終わってから書かせる調査レポートを読むと、弟子の出来、不出来がはっきりする。出来の良い弟子にはほとんど何もいうことはないのだが、出来がいま一つの弟子には厳しい指導をしなければならない>

 

<通り一遍の月並みな調書はもちろん問題外として、簡潔に要点をまとめたレポートと、だらだらと長文が書いてあるが何を言いたいのか明確でないレポートに分かれる。後者にはズタズタになるまで手直しし、厳しく指導した。それでも皆、何くそと発奮し、だんだんと成長していってくれたのは、ありがたかった>

 

西川さんによれば、ここで問題なのはレポートを書くのが早いか遅いかではない。また、優等生的なバランスの良さが求められているのでもない。最も大切なのは、明快な結論だという。

 

<意外とこれが難しい。わたしは最初のころから簡潔で明快に所見を書くように努力していた>

 

このあたりは、新聞記事とそう変わりがない。

 

<ところがそれを上司がわざわざ無難に書き直すことが多かった。わたしはこれこれの問題はあるが、こういう長所があって問題も解決しているからCの上という評点を付けて与信可(融資してもよい)と書いたのに、それを逆にして、長所はあるがこれこれの問題があるから慎重に取り運ぶことと書き直してしまう。それは違いますと文句をいうとわたしの書いた通りに戻るのだが、いわないと書き直されたまま審査部に回ってしまう。そういう事なかれ主義の上司だと結論がハッキリしない慎重な所見ばかりになった。これでは何のための調査かわからない>

 

さいわい、新聞社にはこういう上司(デスク)がいなかったので、西川さんのように苦労することもなかった。

 

〔フォトタイム〕

 

隅田川その5

いくつも橋をくぐるのですが、なかなか橋の名前が覚えられません。

 

 

 

 

中国で、「未富先老」ということばが聞かれるようになったという。ここには社会保障制度が整わないうちに高齢化社会を迎える中国の将来が暗示されている。

 

現在、中国には60歳以上の高齢者が約2億人いる。日本の総人口は12779万人だが、それをはるかに上回る高齢人口をかかえているのだ。

 

中国では一応年金制度はあるが、農村の場合、月に最低55元(約825円)とか。

 

軍拡に惜しげもなく財源を投入する中国共産党政権だが、農民の老後への配慮はいま一歩だ。

 

昔は、子どもが老親のめんどうを見ていた。しかし、中国共産党政権の一人っ子政策は、伝統的な社会構造をこわしてしまった。

 

あと3年もすれば、中国の人口は減少に転じるといわれている。労働人口は減り、高齢人口がふえていく。日本がたどった道を中国もまたたどることになるのだろう。

 

〔フォトタイム〕

 

隅田川その4

隅田川は東京湾にそそぐ一級河川で、全長235㌔だそうです。

 

 

昔、会田雄次さんの本を読んで、感心した一節があった。「長きを求めすぎるな」というエジプトの古いことわざを紹介した文章だった。

 

「長きを求めすぎるな」というのは、わかりやすくいえば、「あまり欲張るな」ということでもあろう。会田さんはつぎのように述べている(会田雄次『表の論理・裏の論理』、PHP研究所、1977年)。

 

<つまり長い人生のうちで、よかったなと思える時期が5年あれば、その人生はよほどうまくいった、成功した幸せな人生をおくれた運のよい人だというのである>

 

<それが10年もあれば、それは稀に近い幸福な人生をおくった人ということになろう>

 

とすれば、世の中には運のよい人はゴマンといるはずだ。にもかかわらず、運のよい人の大半が、自分の人生に満足していない。

 

古代エジプト人が戒めたように、長きを求めすぎるがゆえに、自分の幸運に気づいていない人たちといえよう。

 

〔フォトタイム〕

 

隅田川その3

東京スカイツリーがきれいでした。

 

 

 

 

 

しばしば傘を忘れるので少々高めのものを買ってみたが、やっぱり忘れてしまった。忘れるパターンはだいたい決まっている。

 

電車の端っこに座って傘を立てかけておいて、あわてて下車する。こういう粗忽者はどこにもいて、ときどき傘がひょんぼりと置き去りになっている。

 

一度、忘れものの傘を受け取りに私鉄の忘れもの取扱い所へ行ったことがある。傘がズラリと並んで、壮観だった。

 

自分の傘の特徴をいうと、係員がそのなかから1本の傘をたちどころに見つけてもってきた。

 

なるほど、これがプロフェッショナルか、と感心した。

 

〔フォトタイム〕

 

隅田川その2

ゆっくりと隅田川を下る優雅な船旅です。

 

 

けさの産経新聞によれば、東日本大震災で被害を受けた宮城県の寺院から、被災者を見守ってきた観音像が盗まれたという。

 

記事によれば、観音像は約120㌢、約20㌔。約50万~100万円相当だという。どう考えても、売り払ってカネにするために盗んだとしか思われない。

 

裏返してみれば、仏像などの盗難品を取引する闇ルートがある、ということでもある。

いったい、観音像を盗んだのは、どこのどいつなのか。

 

類似の事件が続発している。

 

重要文化財などの管理体制をあらためて見直す必要がある。

 

盗まれた仏像などが海外へ渡ると、ややこしいことになる。このままエスカレートしていくと、そのうちに一般公開されている日本の文化財はレプリカに置き換えられていくであろう。

 

日本の文化財をレプリカで鑑賞するというのでは、あまりにも味気ない。

 

〔フォトタイム〕

 

隅田川その1

浅草から水上バスに乗りました。

 

 

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