2013年02月

物心がついた頃から教員志望で、まさかメディアの世界で仕事をするとは大学4年まで思ってもいなかった。そんなわけでメディアの仕組みなどまったく知らずに記者になった。

 

したがって、メディアのルールのようなものに驚くことが多かった。用語の統一の厳格さも、その一つであった。

 

いまでもよく覚えているのが、アメリカ大統領になった人の名前。それまでリーガンと呼ばれていたのが、何月何日をもってレーガンにするというお達しがあった。

 

驚いたのは、自分のところの新聞社だけかと思っていたら、全メディアが一斉にレーガンへ変えたのである。さすが、ことばを生業(なりわい)にする業界だと感心したものだ。

 

ところが、けさの朝日新聞を見ると、社会面は「団十郎さんに最後のお別れ」となっているのに、テレビ番組欄は「團十郎さん告別式」となっていた。

 

同じ日付の紙面で、団十郎と團十郎が混じっているのは、なかなか見られないことだ。ちょっと離れているうちに、メディアの世界もずいぶん様変わりしたようだ。

 

そこで、唐突ながら、朝日新聞の編集責任者に提案をしたい。

 

もし、団十郎にするか、團十郎にするか、まだ編集局内でまとまっていないのなら、是非、團十郎でお願いしたい。

 

そうしてくれれば、團十郎さんも草葉の陰でとても喜んでくれるはずだ。12代目が生前、とても気にしていたのは、メディアに登場する団十郎という文字だった。市川宗家の当主として、先祖伝来の名前への思い入れは、それほどに深かったのである。

 

〔フォトタイム〕

 

国立新美術館その4

隣りの政策研究大学院大学の構内から撮りました。 

 

 

 

観光地としてのエジプトはすばらしい。とりわけルクソールには、ピラミッドと同様、旅人のロマンをかきたててくれる神殿や墓地がある。

 

王家の谷は、壮大なる王族の埋葬の地。あのツタンカーメンの墓もここにある。

ナイル川をはさんで、カルナック神殿やルクソール神殿がある。

 

広大な一帯は世界遺産に指定されていて、旅人にとっては、空から見てみたいところだ。

 

いまはどうか知らないが、ルクソールでは、観光名所近くの小さな商店でも日本円で買いものができた。店員がカタコトの日本語を話していた。それだけ日本人観光客が多いのだろう。

 

早稲田大学は、早くからルクソールで発掘をつづけている。

 

一方、ルクソールは、悲劇の場でもあった。

 

古代エジプト唯一の女王がつくったハトシェプスト女王葬祭殿にむかうとき、脳裏をよぎったのは199711月の大惨事だった。

 

イスラム過激派が銃を乱射し、日本人10人を含む62人が死亡した。日本人犠牲者のなかには、何組かのハネムーンの人たちがいた。

 

「エジプトは治安が悪い」、「ルクソールの熱気球は危険だ」というのは、これまでも何度もいわれてきた。それでも外国人は、なんの疑念もなくルクソールで熱気球に乗っている。

 

こういう熱心なエジプトファンのためにも、エジプト政府は安全対策に万全を期してほしいと願っている。

 

〔フォトタイム〕

 

国立新美術館その3

設計したのは若尾文子さんの夫、黒川紀章さんです。

 

 

日本時間のきょう午後1時半ごろ、エジプトのルクソールで21人が乗る熱気球が火災をおこし、日本人4人を含む18人が死亡した。

 

日本人4人は、60代の2組の夫婦だという。上空で思わぬ惨事に遭った人たちの恐怖は、ことばでは言い尽くせるものではあるまい。

 

熱気球の火災状況、係員やイザというときの救命用具の有無、高度、脱出口といった内部構造など、現時点ではなにもわからない。

 

救命用具といえば、熱気球に乗る際は、ヘルメットをかぶるのが義務づけられているという話を聞いたことがある。しかし、今回のような火災ではヘルメットというのは、あまりにも頼りない。

 

18人が死亡し、3人が助かったが、一体、生死をわけたのは、なんだったのか。

 

助かった3人は、熱気球から脱出した。しかし、脱出した人たちはほかにもいたはず。明暗をわけたのは、落下地点だったのか。

 

生存者からいずれ詳しい証言が聞かれるだろうが、そういえば、以前、「バーナーというのはおっかないから、熱気球には乗らないほうがいい」といった人がいたのを思い出した。

 

〔フォトタイム〕

 

国立新美術館その2

堂々としたアプローチです。

 

 

 

どっちもどっちだと思った。国民新党が自民党にすり寄ったが、自民党執行部はすげなく肘鉄をくらわしたという出来事。

 

国民新党は民主党政権時代、ずっと甘い蜜を堪能してきた。これほどいい目をみたミニ政党は近来マレである。

 

もともとは自民党の人間で、民主党へ走ったのはそれなりに理由もあったが、なかにはポストほしさがあからさまな人もいた。

 

それをいまさら、「戻っていいですか」はたしかにムシがよすぎる。

 

きちんと禊を済ませ、それなりの礼節をもって、こいねがう恭順の姿勢が必要だ。

 

 

一方、いまの自民党執行部だって出戻りが中枢にいる。とても、「違和感を覚える」なんていえた義理じゃあるまい。

 

こういうときは、鷹揚に構えて、やさしく迎えてあげるのが大物政治家というものだ。度量が狭いというか、器の小さい人たちである。

 

〔フォトタイム〕

 

国立新美術館その1

以前、紹介したこともありますが、六本木にある国立新美術館です。

 

 

コツコツと長くつづけるのは、じつにむつかしい。継続は力なり、というのは、生き方における最善の格言の一つといえる。

 

長つづきするコツなどは、ない。ただ、ひたすらつづけるのみで、一度でも休んでしまうと、もう駄目だ。

 

以前、大分県知事だった平松守彦さんにお会いした際、著書『一身にして二生』(新潮社)を持参し、本の扉に座右の銘をお願いした。

 

そのとき、平松さんは、「継続ハ力」と書いた。

 

 

「継続は力」は平松さんの父親、平松折次のことばだという。これは平松家の家訓であり、折次が一九二四年に開設した夜間中学の校訓も、「継続は力」だったとか。

 

平松さんといえば、一村一品運動の提唱者。振り返ってみれば、あの運動も家訓通りにずいぶん息が長かったように思う。

 

〔フォトタイム〕

 

新丸ビル7階丸の内ハウスその7

丸の内ハウスの真ん前はリフォームされた東京駅です。

 

 

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