2012年11月

けさの産経新聞で、民主党の大塚耕平さん(政調会長代理)が、財政健全化に向けて歳出をどう切り込むか、と問われて、つぎのように答えていた。

 

「国家公務員の人件費削減のほか、社会保障分野も確実に手をつけていく必要がある。たとえば、薬の使い残しをやめるだけで、年間1兆円の財源が浮く」

 

金庫が空っぽの日本にとって、年間1兆円の出費というのは、大きい。

 

それにしても、なぜそれほどのムダが放置されているのか。不勉強でよく事情がわからないが、つぎの政権が取り組むべき課題にあげておこう。

 

たしかに、自分の身辺を見渡しても、余った薬がけっこう残っている。日本薬剤師会の試算によれば、薬の使い残しを金額にすると年間約500億円になるとか。

 

薬箱に眠ったまま、いずれ捨てられるのだろうが、こういうのも巨額な社会保障費のなかに含まれて、財政を圧迫しているのだ。

 

〔フォトタイム〕

 

東京中央郵便局その5

東京駅のほうから撮りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本維新の会の公約が発表された。どれもこれも論争を呼ぶ内容であるが、そのなかから一つとりあげたい。

 

それは、「自治体首長と参院議員の兼職禁止規定の撤廃」という公約だ。

 

一見してほかと比べれば、それほど目立たないスローガンのように思えるが、これはなかなかにクセモノである。

 

周知のように、内閣総理大臣は国会議員でなければならない。国会議員というからには、参議院議員でもかまわない。

 

仮に維新の会の公約が実現したとすれば、大阪市長や名古屋市長、あるいは滋賀県知事が自治体首長のまま参院に議席をもち、そのまま首班指名選挙で勝って官邸入りすることが不可能でなくなる。

 

「知事から一直線に首相へ」というのが、現実味を帯びてくるのはまちがいない。知事から大統領へというアメリカ並みのことになるのか。

 

そういう可能性がひらけたとき、一体、どういうことが起きるのか。自治体首長が、自分の城下町を留守にして江戸城へ乗り込むことばかりを考えてしまうようでは困る。

 

現在、中央志向の強い自治体首長が何人かいて、選挙運動にご執心である。行政にさしさわりがないというが、実際にはどうなのか。総選挙が終わったあとに、そこらの検証も必要のようだ。

 

〔フォトタイム〕

 

東京中央郵便局その4

すっきりした建物を見ると、旧庁舎を保存してよかったと思います。

 

 

 

 

 

けさの産経新聞で岡崎久彦さん(元駐タイ大使)が、敗軍の将になる可能性が大の野田首相に一詩を献じていた。

 

勝敗は、兵家 期すべからず

羞を包み、恥を忍ぶ、是男児

民主の子弟 才俊多し

捲土重来 未だ知るべからず

 

この詩の意味について岡崎さんはつぎのように解説している。

 

<楚の項羽が、手勢わずかに百余騎となって烏江の岸に追い詰められたとき、江岸の亭長が江東に逃れて再起するよう勧めたのを断って、ついに自刎(じふん)したのを惜しんだ杜牧の詩である>

 

<「江東」を「民主」に変えた以外は原文の通りである>

 

秦が滅んだのち、劉邦と8年間にわたって天下を争った項羽。しかし、負け戦となり愛人の虞姫(ぐき)と愛馬に思いを馳せながら烏江の岸で自決した。

 

<民主党には俊秀も多い。国政を担う才幹を持ちながら、自民党の世襲制に阻まれて民主党から立候補したが、鳩山、菅時代に、当選回数が少ないために機会を得られなかった人々である>

 

<顧わくば、野田首相は、たとえ項羽のように、最後は28騎の手勢となっても、真に国を思う人々を手元に残し、羞を包み、恥を忍んで、再起を図っていただきたい。それがお国のためである>

 

杜牧のいう通り、項羽は自分の命を大切にすべきであった。長江の渡し場で亭長は項羽にこういったという(以下、徳間書店の司馬遷『史記』参照)。

 

「江東の地は広くありませんが、それでも千里四方、人口も数十万あります。そこでもう一旗あげられましょう。さあ、はやくお渡りくだされ。船はこれ一隻、漢軍が追ってきても、渡りようがありません」

 

これに対して、項羽は首を振った。

 

「いや、やめにしよう。わしは天から見限られたのだ。渡ったところで、どうなるものでもない」

 

項羽は、自分の作戦の失敗を悔やまず、不運のせいにした。そこに項羽の限界があった。これは現代にも通じる教訓で、自分の不覚を不運のせいにしてはいけないのだ。

 

〔フォトタイム〕

 

東京中央郵便局その3

この建物には、ゆうちょ銀行の本店もあります。

 

 

 

人間関係において、肌合いというのはとても大切だ。肌合いのちがう人とは、なかなかうまくいかないものだ。

 

世間一般と同様、政界もそうだ。

 

総選挙目前の政界の合従連衡を見ていると、あきらかに肌合いのちがう人がやむなく一緒になっているケースもある。

 

はっきりいって、内心では虫が好かないはずの人たちが、同じ舟に乗り込んでいる。

 

とにかく当選第一。それまでは、鼻をつまんでじっと我慢していくのだろう。

 

選挙が終わってから数か月は、当選した議員諸氏もおとなしくしていると思う。

 

ただ、来年の春ごろから、この肌合いのちがいというのは、さまざまな形で表れてくるのではないか。

 

肌合いという人間的な要素が、政治の方向性にも影響をもってくる。人間的な、あまりにも人間的なところが政治の世界にはあるのだ。

 

〔フォトタイム〕

 

東京中央郵便局その2

東京駅と東京中央郵便局、どちらもリニューアルを終えました。

 

 

総選挙を目前にして、あらたな新党結成や選挙協力をめぐる政党間の合従連衡(がっしょうれんこう)が水面下でつづいている。

 

いま、何気なく合従連衡と書いた。ずいぶん久しぶりにこのことばを使ったので、正確に意味を理解しているのか、急に不安になった。

 

あわてて大辞泉をひいたら、合従連衡とは、「そのときどきの状況に応じていくつかの勢力が結び合うこと。また、その駆け引き」とか。

 

これなら思っていたのと同じだが、それにしても政界の動きはせわしい。突然、滋賀県知事が登場したり、小沢さんの動きもきな臭い。

 

いくつかの勢力がくっついたり、離れたりで、そのめまぐるしさには、正直にいって戸惑うところもある。

 

あまり度を越すと、何が何やらとんとわからなくなって、有権者のほうも白けてしまうのではないかと、ちょっと心配だ。

 

〔フォトタイム〕

 

東京中央郵便局その1

東京駅前にある日本一の郵便局です。

 

 

 

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