2012年09月

古い切り抜きを整理していたら面白いのがあった。平均的なフランス人は一生のうち、377日をトイレのなかで過ごすというのだ。フランス人も日本人も滞在時間はそう変わらないはずだ。

 

尾籠な話で恐縮だが、トイレ・タイムというのはけっこう個人差があって、いったん入ったらなかなか出てこない人もいる。

 

もしかしたら、生涯のうち2年ぐらいトイレにいるのではないか、と思うほど長期滞在型もいらっしゃる。

 

フランスのどこが、こういう統計をとったか、知らない。出典は日本老人福祉財団発行「ゆうゆう」第165号(200591日発行)で、フランス文学者の海老坂武さんが、フランスの週刊誌「ヌーヴェル・オブセルヴァトゥール」(2005210日号)の記事から紹介していた。

 

いずれにしてもトイレ・タイムの有効活用というのは、人生に影響を与えかねないくらい大きなテーマになりそうだ。

 

そういえば、DJの小林克也さんが「朝日新聞」(2009119日夕刊)で、「駅前留学じゃなく、「トイレ留学」で英語のトレーニングしていると語っていた。

 

英語の達人として知られる小林さんは、じつは外国暮らしの経験がない。

 

「トイレに英語の本や雑誌、新聞を置いて、そこに入ったら、とにかく声に出して読む。ことばって生きたものだから、心と体全体でしゃべるようにします」

 

小林さんはなんと30年近く、「トイレ留学」で英語を勉強しているという。

 

〔フォトタイム〕

 

JR目白駅その7

駅のそばに、こんな人通りのすくない路地がありました。

 

 

 

グループで和食の店へ行く機会があった。そのなかに箸の使い方が上手な人がいた。そこでかねてより疑問に思っていた「逆さ箸」について聞いてみた。

 

宴会などで大きな皿に盛られた料理を自分の箸で取るとき、箸を逆にする人がすくなくない。汚れたほうを避ける、この作法がマナーにかなっているのか、ずっと気になっていたのだ。

 

その人の考えはこうだった。

 

「ぼくはマナーの先生じゃないから、正しい作法はわからないけれど、箸を逆にするのは賛成できないな。自分の手がふれたかもしれない箸の上の部分で料理をつかむのだから失礼だし、衛生上も好ましくないよ」

 

やっぱりそうか、とナットクした。それに逆さ箸というのは、見た目にもあまり格好がいいものではない。

 

では、実際に同じような場面になったら、どうするか。

 

その人のアドバイスは、「親しい間柄であれば遠慮なく自分の箸で取って構わないし、そうでないときは店員に取り箸を頼めばよい」というものであった。

 

マナー専門家の意見は、どうなのだろう。

 

〔フォトタイム〕

 

JR目白駅その6

改札口を出ると、途端に視界が広がるのがJR目白駅の特徴です。

 

 

なんだかんだといっても政治家というのは、抜きんでた存在である。にもかかわらず、巷の政治談議はむろんのこと、政界関係者などの雑談を小耳にすると、政治家諸氏を呼び捨てにしている場合が多い。

 

もっとも、呼び捨て組も、政治家ご本人に面とむかえば、ほとんど例外なく、「先生、先生」と畏(かしこ)まって敬語を使っている。

 

ひと癖もふた癖もある政治家の集団を束ねるリーダーは、並大抵の能力ではつとまらない。たとえば、それぞれの政治家の選挙区事情に精通していることも大切な条件だ。

 

田中角栄、竹下登、小沢一郎といった典型的な政治家集団のリーダーはそれぞれのメンバーの選挙区事情に詳しかった。そういう選挙区情報の緻密さと資金の潤沢さが、かれらの権威の拠りどころでもあった。

 

こうところは、アメリカの政界も似通っていた。あのジョン・F・ケネディでさえ、けっこう各議員の選挙区事情に通じていたのである。

 

アメリカの国防長官だったドナルド・ラムズフェルド著『真珠湾からバグダッドへ――ラムズフェルド回想録』(江口泰子ら訳、幻冬舎、2012年)を読んでいたら、かれが初めてケネディ大統領とあいさつをかわす記述があった。

 

ちなみにこのとき、ラムズフェルドはイリノイ州選出の共和党下院議員であった。民主党のケネディはラムズフェルドに聞いた。

 

「選挙区はどちらですか」

「イリノイ州第13地区です、シカゴ北部になります」

「確かそこはミセス・チャーチの選挙区でしたね?」

「そうです、大続領」

「それでは民主党が勝てないはずですね」

 

ラムズフェルドは、ケネディが自分の選挙区の事情を把握していたことに少しも驚かなかったという。大統領選を勝ち抜いてきたトップリーダーであれば、それくらいの知識は当然だったのだ。

 

〔フォトタイム〕

 

JR目白駅その5

近くに学習院大学や日本女子大学があるので、朝晩のホームは若い世代で賑わいます。

 

 

40年前のこの日、北京でちょっとした出来事があった。中国皇帝のような毛沢東主席を田中角栄首相が待たしたのである。天下の毛沢東を待たすなど、現代中国の宮廷ともいうべき中南海ではふつうありえないこと。

 

1972(昭和47)年925日、田中首相は北京へ向かった。大平正芳外相、二階堂進官房長官らが同行した。そして29日、田中首相と周恩来首相が共同声明に調印し、日中は国交を回復した。

 

のちに二階堂さんがこのときのことを「正論」(平成4年10月号)に寄せた。原稿を読んで、ほう、こんなことがあったのかと思った。あれから40年という節目を迎えた日に、あらためてこの秘話を紹介したい。

 

二階堂さんによれば、北京滞在3日目の夕食中に、「毛沢東主席が会いたいといっているから、すぐ仕度をしてほしい」と連絡あったという。呼ばれたのは、田中、大平、二階堂の3氏だけ。なぜか、それぞれ別の車に乗せられて中南海の門をくぐった。

 

だだっぴろい中南海のなかをしばらく走って、古い木造の建物の前で車は停まった。その建物は毛沢東主席のオフィスだったが、二階堂さんはこう書いている。

 

<毛さんは玄関のところに立ってわれわれを待っていた。みんながそこで「やあやあ」と挨拶をして握手したが、田中さんは開口一番、「ちょっとトイレを貸して下さい」といって、なかに案内してもらった。田中さんが出てくるまで、毛さんも待っていた>

 

あいさつもそこそこに、大国の最高実力者をその場に待たせてトイレへ駆け込むというのは、かなりの度胸がいる。角さん、中南海へむかう車中で我慢に我慢をかさねていたのだろう。

 

これはどうみても小ではなくて、大にちがいない。すっきりした気分でトイレから出てきた田中首相の爽快感が、手に取るようにわかる。

 

〔フォトタイム〕

 

JR目白駅その4

左側の大通りをまっすぐ行けば、目白御殿といわれた田中角栄旧宅があります。

 

 

決選投票は安倍さん108票、石破さん89票だった。自民党の総裁経験者がふたたび総裁に選出されたのは、これが初めて。

 

こうして見ると、やはり安倍さんがいちばんすわりがよかった。

 

安倍さんにとっては、最初から勝算があったとは思えない。橋本龍太郎さんの二の舞いになる可能性もあった。

 

ダントツ候補がいなかったのが、安倍さんにさいわいした。結局、時代が安倍さんの返り咲きを求めた、ということだろう。

 

石破さんは、国会議員への浸透が足りなかった。離党した過去や、群れない性格がマイナスとなった。

 

安倍さんは石破さんをどう処遇するのか。石破幹事長の可能性が強い。いずれにしても安倍さんは、第一回投票トップという石破さんの実力を無視できない。

 

石原さんは意外に振るわなかった。長老に可愛がられているというイメージが裏目に出てしまった。

 

安倍さんは実質的な派閥オーナーの森さんから敬遠されたが、そのかわり麻生さんのバックアップが大きかった。安倍政権では、麻生さんが存在感を増してきそうだ。

 

その安倍政権だが、さて、年内に実現するのだろうか。

 

〔フォトタイム〕

 

JR目白駅その3

学習院大学がすぐ近くにあります。

 

 

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