2012年03月

強風というのは、家のなかにいても、その音が不気味だ。いわんや、外へ出ると、吹き飛ばされそうで、まったくかなわない。

 

大通りの真ん中に革の手袋が落ちている。ふつうなら、まずあり得ない光景。どこから飛んできたのか、これもまた、なんとなく不気味だ。

 

帽子なら納得するのだが、手袋というのがわからない。だれかが、面白半分に空に向かって放り投げたのだろうか。まさか、そんなことはあるまい。

 

列車や電車はことのほか強風に弱い。だから風の強い日、鉄橋をわたる電車に乗っていると、身構えたものだ。

 

ボート屋さんは、どうしているのだろう。こんな日でも、ボートを楽しむ人がいるのだろうか。

 

毎日、ジョギングや散歩を欠かさない人は、こういうときでも、ちゃんと決まった時間に外へ出るのだろうか。

 

「たかが、これしきの風で」という人もいるだろうし、「なにも、好き好んで、こんな風の日に出かけることもあるまい」と思っている人もいるだろう。

 

そうこうしているうちに、331日もだんだん暮れていく。あすは、41日。あっという間に3か月が経ってしまった。もう強風なみの速さだ。

 

〔フォトタイム〕

 

工事中の歌舞伎座その6

楽屋の入り口は昭和通りに面していて、ここから役者さんらは出入りしていました。

 

 

 

名前とちがって、ちっとも静かでない国民新党の亀井静香さんは、昭和一一年一一月一日、広島県庄原市で生まれた。一並びの上がりは、官邸の主になることだったが、意に反して権力の中枢から離れることになった。

 

それでも自民党時代の仲間と比べれば、言いたい放題の政治家稼業だった。ただ、手塩にかけて育てた国民新党のメンバーのなかで消費増税法案の閣議決定に抵抗し、連立離脱に同調したのは、政調会長の亀井亜紀子さんただ1人というのは、気の毒であった。

 

「亀井亜紀子さんって、亀井静香さんの親戚ですか?」と聞かれたことがあったが、まったく関係はない。亀井亜紀子さんは、島根のお殿様や岩倉具視の縁につらなる人のようだ。

 

その亀井亜紀子さんがご自分のホームページに、こう書いていた。

 

「ポストや権力にしがみつく人間の姿というのは、ほんとうに醜いものです。国民新党として、国民にこういう状態をお見せするのは残念なことですが、いまはこれが現実です」

 

金融相、復興副大臣、総務政務官、外務政務官と、国民新党は所属国会議員8人の小所帯ながら破格の政務三役4ポストを得ていた。これも剛腕の亀井さんだから可能だった人事。しかし、だれも辞めなかったところに、亀井さんの読みの甘さがあった。

 

もはや、親分子分の時代は、とっくに過ぎているのである。

 

〔フォトタイム〕

 

工事中の歌舞伎座その5

どういう建物になるのでしょうか。

 

 

前回にひきつづき、「週刊現代」47日号で読売新聞グループ本社の前社長、内山斉(ひとし)さんが、渡邊恒雄読売新聞グループ本社会長について語っていた話を紹介します。

 

<渡邊さんが、読売グループ幹部の人事を中心的に決めているのは事実です。部長以下については「任せる」といっていますけど、局長以上は全部渡邊さんが判断する。以前は、わたしにも個々の人事案についてかなり細かな相談がありました>

 

ナベツネさんは、読売新聞グループ幹部について、じつによく知っているといわれる。具体的な人事案がつねに頭のなかにあるそうだ。

 

<仮にこちらから、「だれだれはどうですか?」と別の提案をすると、すかさず「かれはこういうところが向いていないんじゃないか」とか、「こういう欠点があるんじゃないか、むしろこういう部署がいいんじゃないか」と反応が返ってくる。それぞれの適性を、じつによくつかんでいる。恐るベき情報量です>

 

内山さんによれば、ナベツネさんは、現場の記者らと一杯やりながら、幹部にかんする情報をされげなく取材しているので、驚くほど社内事情に通じているという。

 

〔フォトタイム〕

 

工事中の歌舞伎座その4

玉三郎の公演のポスターがありました。

 

 

読売新聞グループ本社の前社長、内山斉(ひとし)さんが、渡邊恒雄読売新聞グループ本社会長について語っているというので、近くの書店に立ち寄って「週刊現代」47日号を買ってきた。

 

表紙には、<独占インタビュー 読売新聞・内山斉前社長が明かす 「渡邊恒雄という男――かれは死ぬまでやるでしょう」>とタイトルがうってあった。

 

そのなかからすこし抜粋して紹介したい。

 

内山さんは、昨年6月に社長を辞任した。内山さんは、ポスト渡邊の本命だった人。それだけに突然の辞任にさまざまな憶測が飛び交った。この一件について、内山さんはこう述べている。

 

<昨年6月の株主総会でわたしが社長を退任することにしたのは、家内が世界で23例目という奇病、悪性リンパ腫の一種にかかって、放っておけば23年の命ということを宣告されたのが原因です>

 

<渡邊さん自身も奥さんが倒れて、いまも半身不随の状態だし、「キミが奥さんのことを心配して辞めたいというのは、納得、わかった」といってくれました>

 

内山さんによれば、雑誌で書かれていたように、新本社建設をめぐってナベツネさんと意見が対立したことはなかったとか。

 

また、数十億円のコストが余分にかかったコンピューターシステムの一件でもないらしい。といっただけでは、部外者にはなにがなんだかわからないが、内山さんによれば、つぎのような話になる。

 

<導入したコンピューターシステムの問題については、発注した会社が途中で倒産してしまって、システムを再構築、つくり直すのに何十億とかかることになった。わたしは直接いわれていないけれども、担当役員に、「どうしてそうなったんだ」と叱責したという話は聞いているけどもね>

 

爆弾発言を期待していたむきには、物足りないかもしれないが、あすもつづけて取り上げてみたい。

 

〔フォトタイム〕

 

工事中の歌舞伎座その3

歌舞伎座らしい垂れ幕もありました。

 

 

AIJ投資顧問の浅川和彦社長(59)という人は、大手証券会社にいたときはやり手だったという。おそらく、在職中はずいぶん会社に貢献したのだろう。

 

浅川社長はきょう衆院の財務金融委員会の参考人質疑に出席し、「だますつもりはなかった」と弁明していた。おわびはしていたが、さほど悪びれた様子もなかった。

 

「損失を取り戻せる自信はあった」とも述べていた。コトの深刻さがあまり感じられなかった。加害者というより、被害者意識のほうが強いのだ。

 

思うに、この人は、大きな組織のなかにいてこそ、力を発揮できるタイプだったのではあるまいか。一見、一匹オオカミ派のようであるが、実際には寄らば大樹派の一人であったと思う。

 

そのまま会社に残っていれば、よしんば本流のコースに乗れなかったとしても、凄腕のスペシャリストとして幸せな人生を送れたはず。

 

サラリーマン社会には、自分が寄らば大樹派であることに気づいていない人がすくなくない。自分の能力を過信し、現状に満足していない。

 

この手のタイプが中途退社して転業しても、だいたい失敗している。

 

とにかく、浅川社長に経営の才覚がこれっぽちもなかったのは、だれの眼にもあきらかである。

 

なにしろ、新規契約を結んだ顧客からの委託金を解約金の支払いにあてていたのである。投資会社の経営者が、投資のために集めた資金を投資に回していなかったというのでは、お話にならない。

 

しかも、運用しなかった額はなんと550億円になるとか。それで、ちゃっかり自分は7000万円ほどの年収を得ていたのだから、神経は図太いのだろう。

 

〔フォトタイム〕

 

工事中の歌舞伎座その2

工事現場に、こんな看板がありました。

 

 

 

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