2011年07月

夕方、郵便受けをのぞいたら、定期購読している「読売クオータリー」夏号が届いていた。購読料は年間4冊で2000円。1冊にすれば500円ということになる。

 

夏号の特集は「震災復興」。そのなかで最初に読んだのは、明治大学の青山佾(やすし)教授が47日、読売新聞調査研究本部の憲法問題研究会でおこなった「後藤新平の震災復興策から学ぶ」という講演要旨。

 

青山さんとは面識はないが、以前、一度だけ話を聞く機会があった。水上バスで隅田川を走りながら青山さんから東京改造計画を拝聴するという企画に参加したのだが、これは勉強になった。

 

青山さんは、生粋の都庁育ちで、計画部長などを経て第一期石原都政で副知事をつとめた人。ただ、郷仙太郎というペンネームで『小説 後藤新平』という本を出しているのは知らなかった。

 

今回の講演は、なぜ、この本を書いたか、という点から始まっている。

 

<後藤新平を知ったのは、杉森久英の『大風呂敷』という小説です。1965年(昭和40年)ごろに毎日新開夕刊に連載されていました。わたしは、67年に都庁に入ったので、その連載小説を読んで、都知事でもあった後藤新平という人は「大ぶろしき」だと思っていたわけです>

 

<ところが、都庁で仕事をしていると、日比谷公会堂は安田善次郎と後藤新平がつくったとか、昭和通りは震災復興で後藤新平がつくったとか、靖国通り、晴海通りもそうだとか、それから、わたしは環七、環八をつくった時代なのですけれども、環一から環八までも、1927年(昭和2年)、震災復興計画で放射道路と環状道路を組み合わせ、立体交差させる計画があったとか。あるいは、今、小学校を統廃合するたびに問題になりますけれど、小学校に併設して小公園を避難場所、延焼遮断帯をかねてつくるといった業績に次々ぶつかるのです>

 

都の職員として実際の仕事でぶつかる後藤新平に関する話は、杉森久英著『大風呂敷』とはあまりにもちがっていたのだ。一流の伝記作家がつくりあげた後藤新平像をただすために小説の形で書いたというのである。

 

青山さんは、後藤新平の仕事ぶりは決しては大ぶろしきではなくて、とても地に着いた仕事だったという。

 

たとえば1923年(大正12年)91日の関東大震災。このとき焼けた面積は約3500ヘクタールだった。しかし、後藤らが区画整理をしたのは3600ヘクタール。つまり、焼失面積を上回る区画整理をおこなったのである。

 

青山さんによれば、これに対して先の大戦後の戦災復興では、東京各地の駅前広場だけはつくったが、空襲で焼けたのが19000ヘクタールだったのに対して、区画整理をおこなったのはわずか1650ヘクタールであったとか。

 

<区画整理は減歩を伴いますので地主は必ず反対する。大震災の当時は銀座の伊東巳代治(枢寧顧問官など歴任)とかがこの辺の大地主でおり、大反対した。実際、復興院の総裁、内務大臣としての後藤新平の復興計画は、ざっと10分の1ぐらいに計画が縮小された。後藤新平の側近は、こんなに縮小されたならもうやめるべきだ、内務大臣を辞任するべきだといったのですが、後藤は、たとえ10分の1でもやるべきだといって辞任せずに頑張ったのです>

 

やっぱり、後藤新平は偉かった。

 

〔フォトタイム〕

 

蔵前橋その7

豪華な隅田川テラスがありました。

 

 

揃いも揃ってアメリカも日本も、思うように借金すらできない国になってしまった。それなのに日本国民の大半は、アメリカの債務問題はもちろん、自分の国の財政がどういう状況にあるかにほとんど関心をもたない。

 

ほんとうのところ日本は、赤字国債なくしては一日も暮らせない。その赤字国債を発行するには、毎年、国会の承認をうけなければならない。

 

にもかかわらず、菅内閣はいまだに国会のお墨付きをもらっていない。わかりやすくいえば、日本の金庫は空っぽなのに、お金の工面がまだできていないのだ。

 

日本人は大物なのか。こういう常識も、知ろうとしない。

 

アメリカもたいへんだが、日本だってこのままならニッチもサッチもいかなくなる。お役人の給料、国の利払いなど、支払い先はゴマンとあるのに、この体たらくだ。

 

「ン? 国の利払って、なんですか」といぶかる方もおられるかもしれないので、若干説明しておこう。

 

国債を乱発すれば、利息もかさむのは、当然のこと。いくら金利が安いといっても、国債という国の借金が膨大な額にふくらんだ結果、2010年度の国の利払い費は約7兆8000億円となった。これは8年ぶりの高水準で、2009年度に比べて1600億円も多い。

 

そのうちに年間の日本の税収のすべてが、国債の償還と利払いで消えてしまうなんてことになったら、これほどの悪夢はない。

 

オバマ政権は、はたして最悪の事態であるデフォルト(債務不履行)を回避できるのか。世界中が固唾をのんで見守っているが、じつは、日本だって同じような瀬戸際にある、ということ。

 

利払いのストップといった、みっともないことが実際に起きるとは、だれも想像すらしていないところが、日本の余裕というか、ノーテンキというか、とにかく不思議なところでもある。

 

〔フォトタイム〕

 

蔵前橋その6

東京スカイツリーがみえました。

 

 

28日、温州市の事故現場で記者会見した温家宝首相は、冒頭、意外な事実を明らかにした。現場に来るのが、事故発生から6日後になったのは、病気で11日間も病床にあったからで、今日はむりやり医師の許可を取って退院してきたと。

 

温家宝首相が病気だったとは知らなかった。

 

一国の首相、それも中国のような大国の首脳が11日間も入院していたというのは、本来、新聞の一面トップを飾るほどの重大ニュースである。しかし、会見の席上、病名はなにか、すぐに執務をとれる状態なのかといった、質問はなかったようである。

 

日本の首相が、メディアの監視を逃れて11日間も入院するなど不可能である。中国の場合、ああいうお国柄だから、温家宝首相の動静に関して何の報道もなかったからといって、そう驚くこともあるまい。

 

むしろ、温家宝首相がみずから病床にあったのを告白したほうが驚きである。古今東西、政治家は健康を誇示することはあっても、自分から病気を話すことは、それこそ必要に迫られるまでは、まずなかった。

 

温家宝首相は、なぜ、あえてタブーを破ったのか。当然、それなりの狙いがあったと思う。

 

現場に来るのが遅れたから、その言い訳だったのか。

 

大地震などが起きたときなど、周知のように温家宝首相の行動はすばやい。その点、たしかに今回は遅い。しかし、事故の規模からいえば、鉄道相クラスで十分であり、温家宝首相が出遅れを謝るほどのことでもない。したがって、言い訳のために、自分の病気を明かしたとは思われない。

 

政府批判をかわすためか。それもあるが、敵は本能寺だ。

 

温家宝首相が病身にもかかわらず、現場に駆けつけ、真相究明を約束し、背後に汚職などの問題があれば、断固処分すると強調したのは、ズバリいって鉄道省を解体する狙いがあったのではないか。

 

その際、自分の体調を正直に話すことで、並々ならない胡錦濤・温家宝執行部の決意にそれなりの悲愴感をにじませたにちがいない。

 

長く人民解放軍の影響下にある鉄道省は、国務院にとっては、好ましからざる存在であったし、ずっと江沢民系の利権の巣窟でもあった。温家宝首相にとっては、まさに好機到来で、病床に伏している場合ではなかった、というのがわたしの推測である。

 

〔フォトタイム〕

 

蔵前橋その5

橋の上の、力士を描いたオブジェが、かつての蔵前国技館を偲ばせてくれます。

 

 

6月末に北京・上海高速鉄道(中国版新幹線)が華々しく開業し、中国は世界最高の技術は自分のところで独自に開発したと、米国などで特許の手続き申請にとりかかった。

 

このニュースに、「それはないでしょう」と不快に思った日本人は少なくないはず。しかし、皮肉にも、こんどの鉄道事故で、「やっぱり中国版新幹線は中国のオリジナルだったのかな」と、妙にナットクした向きもあったと思う。

 

昼のNHKニュースで、上海鉄道局長が、「信号に設計上の欠陥があった」と述べていた。やっぱりなあ。これは、中国の技術そのもの。中国版新幹線に協力した日本のメーカーは、信号システムに関与していないと聞いているので、まちがっても日本の責任ではない。

 

本来、新幹線プロジェクトというのは、ソフトもハードもすべて含んでセットとなっているはず。それなのに中国方式は、各国からのいいとこ取りで、そこにちっとばかし独自の技術をまぶしたもの。

 

もっとも、上海鉄道局長が、「信号に設計上の欠陥」と釈明しても、なにか思惑があるのか、とかんぐられかねない。世間は、すべからく当局の言動に疑心暗鬼なのだ。

 

追突された列車の運転士は、「停止したのは、そう指示されたから」と証言している。もし、そうなら責任は上海鉄道局にあるわけで、とても信号だけのせいにはできない。

 

まさか、死んだ運転士の居眠り運転なんて、言いだすことはないだろうが、とにかく傍目には責任のなすり合いの真っ最中といったふうにもみえる。責任問題は当事者の将来と家族の生活にもろにかかわってくるので、それぞれに必死なのだろう。

 

〔フォトタイム〕

 

蔵前橋その4

向こう岸の大きな建物は、NTT東日本の蔵前ビルです。

 

 

 

 

けさの産経新聞によれば、<緊急ブレーキをかけた状態で死亡しているのが発見された運転士に「急拡大路線の犠牲者」と同情する声がネット上で高まっている(北京・矢板明夫特派員)>という。そうだろうなあ、と思った。

 

また、中国科学院発行の「科学時報」は25日、<「中国の高速鉄道の運転士の労働時間は毎月167時間という規定はあるものの、人数不足のため、ほとんど200時間近く働いており、300時間以上のケースも珍しくない」とその過酷さを伝えた>とか。これも、さもありなんと思った。

 

ある年の夏、青海省の省都・西寧市からチベット自治区の省都・ラサ市までの全長1956キロを走る高速鉄道に乗った。最高で海抜5072㍍のところも通過する中国ご自慢の天空列車だ。

 

夜、天空列車は、定刻より30分ほど遅れで西寧駅に入ってきた。切符を何度も確認し、指定席の2等寝台車へ乗り込んだ。6人1室で3段ベッドが向かい合う形になっていたが、すでにベッドにはほかの人たちが寝ていた。

 

かれらはいずれも天空列車の乗務員で、空席のところで仮眠中だったというわけ。西寧駅のような大きな駅に着いても、注意されるまで熟睡していたかれらはいま思うと相当疲労していたにちがいない。この列車は広州始発で、広州から西寧まで30時間もかけて走ってきたのだ。

 

ちなみに西寧から終着駅のラサまでは26時間かかった。女性の乗務員もふくめてかれらは始発から終着のラサまでなんと56時間、ぶっ通しの勤務だった。あのとき、ベッドからノロノロと降りてきた寝ぼけまなこの男性たちも、まぎれもなく急拡大路線の犠牲者たちであった。

 

〔フォトタイム〕

 

蔵前橋その3

厩(うまや)橋の方向から蔵前橋を撮りました。

 

 

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