2011年05月

シドニーに本部がある国際研究機関「経済・平和研究所」が2010年版の「世界平和度指数」を発表した。昨夕の朝日新聞によれば、世界153の国と地域を対象に、犯罪発生率や政治の安定、近隣との関係、人権状況など、平和な社会の実現に必要な23の総合評価した指数とか。

 

上位5か国は、1位アイスランド、2位ニュージーランド、3位日本、4位デンマーク、5位チェコの順だった。

 

アイスランドといえば、2009年版「世界人口白書」で男性長寿のトップになったところ。ちなみに女性のトップは日本である(男性は4位)。

 

人口わずかに30万人。経済破綻や火山噴火で、ずいぶん苦労したようだが、平和国家として高く評価されたのは、ご同慶のいたりである。

 

日本の3位というのは、どこか面映ゆいが、素直に受け取っておきたい。なにしろG8のなかでベスト5入りを果たしたのは、日本だけなのだ。

 

もっとも、平和な国といっても、旅行者は油断してはいけない。外務省のホームページでアイスランドの安全対策基礎データはつぎのように記されていた。

 

<アイスランドの治安は一般的によいとされていますが、現金やパスポートの盗難にあう旅行者もいます。とくにホテル、空港におけるチェックイン手続き時や、ビュッフェ形式のレストランでは、置き引き事件が発生しています。ホテルやレストランの格式などに関係なく、バッグなどの手荷物を足下に置いて目をはなしたり、椅子やテーブルに所持品を置いて席を離れないよう細心の注意が必要です>

 

平和度1位のアイスランドでもこうなのだから、ほかは知るべし、ということである。

 

〔フォトタイム〕

 

北の丸公園その2

都心のど真ん中にこういう場所があるのですから、うれしいですね。

 

 

中国の内モンゴルで反政府、反漢族という北京政権によっては、なにかと神経の苛立つデモがつづく。対応を誤ると、大陸全体に不穏な空気を伝播させてしまう恐れもある。胡錦濤主席は固唾をのんで成り行きを見守っているにちがいない。

 

きっかけは、交通事故だった。モンゴル族の遊牧民2人が、漢族が運転するフォークリフト車にひき殺されたのだ。

 

チュニジア革命も発端は一市民と警官のいざこざからはじまったが、2人の遊牧民をひいたフォークリフト車は石炭開発業者のものだった。遊牧民の間では、草原を荒らすかれらに反感があった。炭鉱開発を資源の収奪だとし、開発の反対運動が高まっていた。

 

その矢先の出来事。遊牧民のなかには、漢族の運転手がわざとひいたのではないかと疑うむきもあって、一挙に怒りをエスカレートさせた。

 

中国政府はハレモノにさわるように慎重だ。

 

たとえば、昨日、人民日報は、内モンゴル自治区政府が、少数民族への支援策に788億元(約9800億円)を投入すると一面トップで伝えた。しかし人民日報は、内モンゴルのデモを報道していない。

 

したがって、人民日報の読者のなかには、「ほう、内モンゴルの少数民族は優遇されているな」と思った人も多いと思う。あからさまな懐柔策である。

 

いま、内モンゴルは光と影が交差する。

 

経済成長率で世界が注目する中国。その中国で際立って経済成長率がよいのは、北方の辺境にある内モンゴルだ。

 

草原の砂漠化で、遊牧民の生活が追い込まれていた内モンゴル。その環境を一変させたのは資源開発であった。

 

石炭、油田、天然ガスの予想埋蔵量は、いずれも予想以上といわれ、巨額の収入がもたらされている。

 

その一方で、炭鉱開発などで環境破壊がすすみ、遊牧民らの不満は募るばかりである。

 

チベット族、ウイグル族、そしてモンゴル族と中国の火薬庫はまた広がってきたようだ。

 

〔フォトタイム〕

 

北の丸公園その1

北の丸公園は、環境省が管理する国民公園のひとつです。

 

 

本命といわれながら、ずっこける例は数えきれないほどある。本命といわれたところで、実際は実力が伴っていないケースはすくなくない、ということ。

 

半面、どういう条件であれ、ゆるぎない本命というのはたしかに存在する。きょうは、そんな、いってみれば本当の本命の姿をみたような気がする。

 

予想通り本命が勝ったダービーを、さきほどテレビで見終えての感想である。

 

今回のダービーを制したのは、池添謙一騎手がのったオルフェーヴル。オルフェーヴルとは、金細工師という意味とか。

 

オルフェーヴルは、前々回にふれたように、むろんサンデーサイレンス系。同じ血統のなかでの戦いとなったが、4月24日、皐月賞で栄冠に輝いた実績でダービーの1番人気になったのは、当然であろう。

 

雨がやまず、きょうの馬場は最悪。そんななかで、午後3時40分にスタートしたのだが、序盤では池添騎手の赤い帽子は後方の馬群のなかにあった。

 

出走馬は18頭。そのなかでうしろから数えて5番目くらいの位置というのは、かなりハラハラさせる位置である。ダービーの距離は2400㍍。人間にとっては、けっこうな長さだが、競走馬にすれば、さほどの距離でもあるまい。

 

本命が、こんなうしろにいて大丈夫なのだろうか。競馬の玄人はイザ知らず、当方のような素人にはどうにも落ち着かない展開であった。

 

それが、第4コーナーでは、あっという間に抜け出してトップに躍り出ていた。まさに、あれよあれよという間の感じ。それからは、まったく危なげもなくゴールを走り抜けていった。

 

単勝300円。3連単10300円。

 

悠然としたオルフェーヴルと対照的に、池添騎手は興奮していた。何度も何度もVサイン、それは同時に2冠(皐月賞とダービー)の勝利をあらわすのだろうが、2本の指を高々とあげていた。

 

この喜びようから、本命の重圧がいかに池添騎手に重くのしかかっていたかがわかる。

 

池添騎手は、場内を一周する際、ときどきオルフェーヴルの肩を右手でぽんぽんとたたいて、健闘をたたえていた。「相手のことは一切考えないで臨みました」と、池添騎手は語っていた。

 

ひたすらオルフェーヴルの力を信じていたのだろう。一番人気の重圧に打ち勝ち、7回目の挑戦でダービージョッキーになった池添騎手を祝福したい。

 

〔フォトタイム〕

 

全国町村会館その7

永田町にある全国町村会館は、東京での活動拠点として格好のロケーションに恵まれています。

 

 

昨年の夏、東京の隅田川べりの民家で、見事なヘチマのカーテンをみつけた。屋根までからんで壮観であった。

 

ヘチマといえば、お風呂のタワシを思い出すが、年配の人たちのなかには食卓のヘチマが記憶に残っている人もいるはず。

 

一年前の夏、わが家では、アサガオのカーテンがダイニングルームの窓際を覆ってくれた。ブルーの花を中心に、いくつかの色どりのアサガオを愛でるのが、朝の楽しいひとときとなった。

 

ことしは、例年になくヘチマやアサガオなどをあちこちでみられそうだ。

 

緑のカーテンは、けっこう遮光効果があって、うまくすれば、10度くらい室内温度をさげるという。つる性の植物が夏場の節電に注目されているユエンである。

 

日本経済新聞の土曜の定番<何でもランキング>は、けさは、<初心者におすすめの「緑のカーテン」>。園芸に詳しい専門家や流通関係者ら12人に評価してもらってつくったランキングとか。

 

1位、ゴーヤー

2位、アサガオ

3位、ヘチマ

4位、フウセンカズラ

5位、キュウリ

6位、ツルインゲン

7位、パッションフルーツ

8位、ヒョウタン

9位、ツルムラサキ

10位、ブドウ

 

やっぱり、ゴーヤーが一番人気だった。というのは、先日、知り合いの花屋さんから、「ゴーヤーは、売れて売れて、もうありません」と聞いていたから。

 

緑のカーテンには光をさえぎったり、癒しの効果のほかに、野菜や果実を手にできるという効用もある。ブドウなどは、果物としてはとても魅力的だが、初心者にはちょっと手入れがむつかしそうでもある。

 

〔フォトタイム〕

 

全国町村会館その6

国会議事堂や首相官邸は、左手の方角にあります。

 

 

 

きょうの朝日新聞夕刊<有吉正徳の競馬ウイークリー>によれば、ことしのダービーの出走馬18頭はすべてサンデーサイレンス(SS)の孫だという。競馬はほとんど知らないが、それでもこれはすごいというのは、門外漢にもわかる。

 

さっそくグーグルで検索してみた。以下は、そこで得た知識と朝日記事を元にしたサンデーサイレンスの話である。

 

サンデーサイレンスは1986年3月25日にアメリカで誕生。生まれたときは、見栄えがよくなかった。気性が激しく、扱いにくい馬だったらしい。

 

アメリカで競走馬として現役をおくったサンデーサイレンスの成績は、14戦9勝。獲得賞金は約500万㌦だった。

 

この馬は逆境に強かった。1986年、悪性のウイルスに感染し、危篤状態になったが、奇跡的に回復した。また、セリに行く途中、運転手が心臓発作を起こし、車に乗っていたサンデーサイレンスも重傷を負った。しかし、大事には至らなかったところに、この馬の運の強さがあった。

 

引退したサンデーサイレンスを種牡馬(しゅぼば)として購入したのが、吉田善哉氏。1100万㌦、当時の為替相場で約16500万円だったという。

 

競走馬の場合、人工授精や凍結精子の利用はしない。したがって種馬(たねうま)として日本人に買われたサンデーサイレンスが、はるばる日本へやってきたのはいうまでもない。

 

交配し、仔馬が生れ、競走馬としてレースに出るまでには4~5年かかる。サンデーサイレンスの場合、有吉氏によれば、<94年に走り始めた産駒(さんく)は勝ち星を重ね、これまでに中央競馬で2700勝以上を挙げた>という。

 

中身も濃いという。<GIレースは71勝。3冠馬ディープインパクトなどダービー優勝馬は6頭を数える>とか。

 

サンデーサイレンスは、2002年8月19日、16歳で没した。しかし、息子のステイゴールドやオルフェーヴルなど現役を終えた産駒がつぎつぎと種牡(しゅぼば)馬となって、サンデーサイレンスの血統をふやしていった。

 

有吉氏によれば、20008年に国内で生まれたサラブレッド約7000頭のうち2600頭以上がサンデーサイレンスの血を引くという。

 

それにしてもサンデーサイレンスを手に入れた吉田善哉氏の慧眼には驚くが、氏はSSの子や孫の活躍を目にすることもなく1993年に亡くなった。

 

〔フォトタイム〕

 

全国町村会館その5

全国町村会館のロビーに見事な彫刻が並んでいるのが、外からもみえました。

 

 

 

 

 

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