2010年08月

菅さんと小沢さんの話し合いは、もの別れに終わった。菅さんも腹をくくったようだ。もう、ここまで来たら一騎討ちが筋だろう。双方、いい加減な妥協はしないほうがいい。巌流島ではないけれど、堂々と戦って決着をつける。そのほうがすっきりする。

 

鳩山さん、ご苦労さん。キングメーカーになるには、10年早かったようです。生臭い動きは、しばらくよしたほうがいい。

 

鳩山さんは、いまだにオーナー気分で、自分のつくった民主党が分裂することを恐れているようだが、世間は日本そのものが壊れるのではないか、と心配している。不安のレベルが全然ちがうのだ。

 

円高株安が止まらない。きょうの株価は最安値。世間は、早くなんとかしてほしいとやきもきしているのに、民主党の諸氏は、挙党体制だの、なんだのと自分たちのことしか考えていない。

 

もうこうなったら、ちゃんちゃんばらばらと勇ましく代表選をおこなったほうが、むしろわかりやすい。だれがなるか知らないけれど、勝った人は即刻、真剣になって政治の本筋に取り組んでほしい。

 

〔フォトタイム〕

 

西武池袋駅その2

右手は西武百貨店です。

 

 

近くにあるドラッグストアへ行ってきた。いままで気がつかなかったが、色とりどりの飴玉があった。現代のようにせわしない世の中に、飴玉のようなのんびりとしたものは、合わないように思っていたが、そうでもないらしい。

 

レジに近い、比較的いい場所に、これだけたくさんの飴玉が陳列されているのは、それだけ買う人が多いということ。そういえば、電車などで、ときどき口の動く人がいる。あれは、飴玉をしゃぶっているのだろう。

 

どうもせっかちで、飴玉をいつまでも口のなかでころがしているのが苦手だ。わるいクセですぐ噛んでしまう。しかし、飴玉は噛んではいけない。こういうクセは直しておいたほうがよいと、けさの朝日新聞の記事を見て思った。

 

埼玉県の両神(りょうかみ)山(標高1723㍍)の沢で遭難した会社員(30)は、救助されるまでの13日間、飴玉7個と沢の水でしのいだという。

 

記事によれば、付近は発見当時、激しい雨だった。会社員が助けられたあと、その場所は増水で水没したそうで、「間一髪の救出だった」(捜査関係者)という。

 

それにしても、13日間を支えた飴玉7個のパワーは、すごい。この男性は、飴玉11個に自分の命を託して、大事に、大事にあつかっていたにちがいない。

 

〔フォトタイム〕

 

西武池袋駅その1

池袋にはJR池袋駅、東武東上線池袋駅、東京メトロ丸の内線池袋駅、そして西武池袋駅があります。

 

 

若い時に手にしたアメリカの人類学者、ルース・ベネディクトの『菊と刀』には大いに感動した。この本で日本文化の本質を的確に描写した彼女が、じつは日本に一度も来ていないと知って、これには勇気づけられた。なにごとも現地や現場を見なければ、説得力のある文章は書けないのではないかと思っていたので、これでずいぶん気が楽になった。

 

ベネディクトは、『菊と刀』で日本人と「義理」の関係をこう述べている。

 

<日本人のよくいうことばに「義理ほどつらいものはない」というのがある。人は「義務」を返済せねばならないと同様に、「義理」を返済せねばならない。しかしながら「義理」は「義務」とは類を異にする一連の義務である。これに相当することばは英語にはまったく見当たらない>

 

<「義理」は、日本がシナの儒教から得たものでもなければ、東洋の仏教から得たものでもない。それは日本独特の範疇であって、「義理」を考慮に入れなければ、日本人の行動方針を理解することは不可能である>

 

1940年代に日本人の精神構造をこう分析したベネディクトは、決してまちがっていなかったと思う。「人生劇場」にあるように、義理がすたれりゃ、日本社会は闇に等しかった。

 

しかし、21世紀のいまはどうだろう。義理は昔ほどの重みを失ってしまった。いまは、義理を忘れ、義理を欠くのが日常茶飯事のような日本社会である。

 

ところで、鳩山さんが小沢さんを支持した理由は、自分を総理大臣にしてくれたことへの恩返し、だという。

 

鳩山さんの、この義理がたさは、どうだろう。まるで、ルース・ベネディクトふうの日本社会を見る思いではないか。

 

もっとも、「恥の文化」よりも「義理の文化」が優先した、こういう話は、あまりにも古臭い、と、多くの人たちは違和感をいだいたにちがいない。個人の情が優先するような政治の世界。これでは、この国はなかなか元気になれそうもない。

 

〔フォトタイム〕

 

東京芸術劇場その7

東京芸術劇場のまわりには、さまざまなアートがあります。

 

 

きのう日本記者クラブで、みんなの党の渡辺喜美代表の記者会見があった。冒頭から民主党の代表選を痛烈に批判し、「自民党時代でもこんなひどくはなかった」と皮肉っていた。

 

渡辺代表によれば、父親のミッチーが負けるのがわかっていて、平成3年の自民党総裁選に出馬したのは、このままでは日本がダメになっていく、なんとかしなければならない、という大義があった。

 

では、今回の戦いに大義はあるのかといわれれば、たしかに思い浮かぶものがない。

 

「代表選をする前にやることがたくさんあるだろう」という渡辺代表は、菅さんと小沢さんの争いを「仁義なき戦い」「チンピラのケンカ」と切り捨てた。

 

「チンピラのケンカ」といったとき、前の席にいた金髪の外国人女性記者が、フフフと笑った。

 

若いときに、田中角栄と福田赳夫が自民党総裁選を戦った、いわゆる角福戦争の一端を垣間見たが、振り返ってみると、たしかにスケールがちがっていたように思う。そのかわり乱れ飛んだ札束も桁はずれであったが…。

 

ヨッチーは、菅首相が円高対策で白川日銀総裁と電話でたった15分しか話し合わなかった熱意のなさにかみついた。「官邸に呼んでじっくり話し合えばよい」という意見には同感だ。

 

みんなの党は、アジェンダ(政策課題)が最優先する。では、アジェンダが一致すれば、小沢さんとも手を結ぶのか。そういう質問に、渡辺ヨッシーは、「気の合わない人とは、一緒にならない」と、けんもほろろであった。

 

〔フォトタイム〕

 

東京芸術劇場その6

まわりもゆったりとしています。

 

 

19日の当欄で、<小沢さんが代表選に出馬するメリット>というのを書いた。その冒頭で、「小沢さんが民主党の代表選に出馬することは、よもやあるまいと思っていたが、ひょっとしたらひょっとするかもしれない」と述べたが、本音は出馬はあるまい、だった。

 

だから、<小沢さんが代表選に出馬するメリット>というのも、皮肉をこめたもの。しかし、もう出馬が決まったのだから、ここは逃げずに、ふたたび、<続・小沢さんが代表選に出馬するメリット>でいこう。

 

ひそかに注目したいのは、小沢さんが、“支持率政局”に敢然と挑戦したことだ。小沢さんの今回の決断にはいろいろいいたいこともあるが、もし代表選に勝ったとき、“支持率政局”にどういう変容をあたえるか、これは大いに関心のあるところだ。

 

シングルはゴルフではたいへんな腕前だが、政界の支持率シングルは、ほとんどひん死の状態にひとしい。おそらく、小沢さんが政権をとっても、立ち上がりの支持率はよくて20%台、すぐに10%台になって、やがてシングルへと低下していくと思われる。

 

そのへんは、小沢さんも織り込み済みだと思うが、超低空の世評というものに、政権はどこまで耐えうるものなのか。ひとつの実験となろう。

 

ところで、意外だったのは、小沢バッシングが予想していたより、おとなしかったことだ。新聞の社論はどこも厳しかったが、小沢さんへ出馬取り消しを求めるまでは問い詰めていない。

 

世間の反応も、たしかに冷たいが、どこかあきらめに似た感情もただよう。思うに、世間は小沢さんのカネの問題は許せないけれど、目減りしていく自分のカネのほうがはるかに心配、という沈んだ気分にあるのだろう。

 

〔フォトタイム〕

 

東京芸術劇場その5

東京芸術劇場の前の広場は、都民の憩いの場でもあります。

 

 

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