2009年06月

けさ(25日)の産経新聞によれば、<黄熱病の研究で知られる野口英世(18761928年)が、親友の石塚三郎から送られた手紙と母親、シカの年老いた写真をみて、米国から15年ぶりに帰国したという有名な美談に異説を唱える人があらわれた>という。

 

記事によれば、石塚の著書『わが友野口英世』(昭和28年)には、野口が帰国した際、石塚の求めに応じて書いた「親友石塚兄より故山老母の写真を送り呉れられし…」という文章が紹介され、これが定説になってきた。

 

しかし、石塚の写真乾板を所蔵する「吉田東伍記念博物館」(新潟県阿賀野市)の渡辺史生館長は、手紙と写真が届く前に野口が帰国を決心していたという新設を唱える、と記事は伝える。

 

新説の根拠については、はぶくが、これが認められると、野口の伝記は、書きかえられることになる。

 

もし帰国美談がなくなってしまうことになれば、野口ファンは、さみしい思いにかられるだろうが、野口の偉大さには、まったく影響はない。

 

野口といえば、日本では、よく知られた顔のひとりだが、メリー・ダージェス夫人のことは、あまり馴染みがない。作家の嵐山光三郎氏によれば、夫人はたいへんな悪妻だったという。嵐山氏は、こんな文を書いている。

 

<千円札の顔になった野口英世は、ニューヨークの酒場で知りあったはすっぱ女のメリー・ダージェスと結婚して、大失敗した。野口はロックフェラー医学研究所の首席助手で、年俸3000㌦もかせぎ、メリーはそこに目をつけた。メリーはめちゃくちゃな浪費家で、野口の金を使いつくしたあげく、ヒステリーをおこしてつかみかかり、家のなかで野口をぶん投げた>(講談社発行「本」20084月号)

 

むろん、たとえメリー夫人が、とんでもない悪妻だったとしても、野口の輝かしい業績をそこなうことは、まったくない。

 

〔フォトタイム〕

 

歌舞伎座その4

歌舞伎座の裏手で撮りました。

 

 

人間国宝で文化功労者の歌舞伎俳優、中村富十郎さん。4年ほど前、歌舞伎座でみた富十郎さんの富樫は、いまも目に浮かぶ(弁慶は中村吉右衛門さん)。当年80歳というから、勧進帳に出演したときの富十郎さんは、76歳だった。凛とした富樫で、とても後期高齢者のお年とは思えなかった。

 

それもそのはず、と思った。きのう(23日)の日本経済新聞夕刊「子どもと育つ」欄で語る富十郎さんの話に、あらためて品があって溌剌とした富樫のナゾがとけたような気分である。

 

記事によれば、富十郎さんは、毎朝6時に起きて、小学校と幼稚園へ行くお子さんを見送る。このお子さん、ひ孫とか、孫とかではない。10歳の長男と5歳の長女。66歳で結婚し、69歳ではじめて父親となったのである。

 

昔、取材で富十郎さんのお母さんにお会したことがある。舞踊家の吾妻徳穂さん。もうかなりのお年であったが、お弟子さんの稽古をみていた。その表情は艶やかで、若々しさが残っていた。富十郎さんにも母親譲りの芸への執念があって、元気の秘訣になっているのだろう。

 

娘さんがうまれたとき、富十郎さんは74歳。奥さんが妊娠したとわかったとき、富十郎さんは、「さあ大変だと。子どものために長生きすることが義務」と思ったという。「こんな愚かな男でも、いないよりはいるほうがいい」とも。

 

聖路加国際病院の日野原重明さんが、富十郎さんに、「君の年で子をもつ人は、祖父の許しの目と、父親の責任感を兼ね備えているからいいんだ」と、いったとか。

 

富十郎さんは、お守り代わりにダーウィンがガラパゴス諸島から持ち帰り、175歳まで生きたというゾウガメの新聞写真を大切に切り抜いてあるという。

 

〔フォトタイム〕

 

歌舞伎座その3

「2月歌舞伎」というのぼりでバレましたが、この冬に撮りました。

 

 

あじさいでもいいし、もちろんアジサイでもよいのだが、きょうは紫陽花をつかってみたい。花の色が変わっていくので、紫陽花を「七変化」ともいうそうだ。雨上がりの紫陽花には、ドキンとするような美しさがある。

 

先日、銀座を歩いていたら、あちこちで紫陽花が咲いていた。銀座にいようが、野にあろうが、この花は、どこでも周辺にとけこんでしまう。

 

紫陽花に霧くずれ舞ふ 強羅の灯 横光利一

 

この季節、箱根登山鉄道の車窓からながめる紫陽花は、格別である。夜は、ライトアップされて、日中とはちがった風情のようだが、残念ながらまだみる機会に恵まれていない。

 

きょうの朝日新聞夕刊に、<読者が決める日本一のアジサイの名所>がでていて、箱根登山鉄道がトップだった。

 

ちなみに、2位・明月院(神奈川)、3位・三室戸寺(京都)、4位・矢田寺(奈良)、5位・六甲山・摩耶山一帯(兵庫)、6位・成就院(神奈川)、7位・高幡不動尊金剛寺(東京)、8位・神戸市立森林植物園(兵庫)、9位・みちのくあじさい園(岩手)、10位・本土寺(千葉)だった。

 

だれからも愛される紫陽花だが、ちょっと不気味な俳句もある。

紫陽花が 首級のごとし 関ヶ原 田川飛旅子

 

〔フォトタイム〕

 

歌舞伎座その2

歌舞伎座の正面入り口です

 

 

「フォーサイト」7月号にリンダ・フェルドマンという女性ジャーナリスト(米クリスチャン・サイエンス・モニター紙政治記者)が、アメリカの健康保険制度改革について寄稿していた。あちらの健康保険制度が問題だらけというのは、よく耳にすること。だが、ほとんどの日本人は、ヨソの国の実態など、あまり知らないと思う。

 

アメリカといえば、世界の先端医療のトップをいく国。これはまちがいない。中年以上のなかには、昔のテレビドラマ、「ベン・ケーシー」の颯爽とした姿を思い出す人も多いだろう。世界各国の、飛びきりの頭脳が、アメリカにわたって医学を研さんし、ベン・ケーシーのようなハンサムで有能なドクターたちが医療現場で治療にあたる。じつに、うらやましい医療王国。そんなイメージをいまもいだいている人がすくなくないはず。

 

それほど、あのドラマは、強烈だった。余談だが、「ベン・ケーシー」の最高視聴率は、506%(1963111日放送)。これはいまなお日本で放映された海外ドラマの視聴率ベストワンである。

 

だが、医療費はべらぼうに高い。記事によると、アメリカでGDP(国内総生産)に占める医療費の割合は17%で、OECD(経済協力開発機構)のなかでいちばん高いという。ちなみに日本は82%で21位とか(いずれも2008年度のデータ)。

 

そして、フェルドマン記者は、こう書く。

 

<とりわけ、世界でもっとも豊かな国でありながら恥ずべきことは、アメリカの総人口3600万人のうち、4600万人もの人々が、健康保険に加入していないことだ>

 

<かれらが、定期健診をうけることはない。からだの具合が相当わるくなってはじめて、救急センターに運びこまれることになる。救急センターでの治療費は、病院負担のため、めぐりめぐって支払い能力のある他の人たちの負担となる>

 

富める人と貧しい人の医療格差は、各国でどんどん拡大している。これは、日本でもすでにみられる現象。テレビでみたのだが、インドや中国の富裕層むけの病院は、ホテルのような施設を誇っていた。半面、病院へ行けない人々は億単位にのぼる。

 

アメリカの健康保険制度改革についてふれるつもりだったが、アフリカのことなども目に浮かんできて、なんだか気が滅入ってしまった。

 

〔フォトタイム〕

 

歌舞伎座その1

以前、紹介しましたが、また東銀座の歌舞伎座です。

 

 

 

長距離弾道ミサイルの発射準備をすすめるなど、北朝鮮の強硬姿勢に変わりはないようにみえる。しかしながら、仔細に観察すれば、これまでとはちがった微妙な変化も感じられる。中国の予想外の強い圧力に北朝鮮が青ざめている、といった印象をうけるのである。

 

いってみれば、描いていたシナリオとはちがう意外な展開にうろたえる北朝鮮という図式。とはいえ、そんなことは、どのメディアも伝えていない。ほんの私見にすぎないが、情報のひとつの見方として書いてみたい。

 

「北朝鮮が青ざめている」といったが、むろん表向きは、まったくちがう。たとえば15日に、平壌で国連安保理の制裁決議を糾弾する10万人の大集会がひらかれたように、北朝鮮はあいかわらず威勢がいい。

 

産経新聞によれば、この10万人大集会には、<金永南最高人民会議常任委員長、国防委員会の李勇武、呉克烈両副委員長、金鎰委員ら指導幹部が出席。会場には、「制裁決議を断固、糾弾排撃」「完全に不当な制裁決議を直ちに撤回せよ」などのスローガンも掲げられた>(16日付朝刊、平壌=共同)という。

 

軍、党、人民あげて依然として物騒な言い草をつづけているのだが、この大集会のなかに軍の実力者、金永春人民武力相(国防相)の姿はなかった。

 

その2日前の13日、金人民武力相が北京空港に降り立ったところを韓国政府関係者にみられてしまった。

 

緊迫した時期に、金正日総書記の側近である73歳の老将は、なんの目的で訪中したのであろうか(一部に亡命説もあるが)

 

3日後、日本経済新聞に、こんなベタ記事が載った。

 

<韓国の聯合ニュースは16日、対北朝鮮消息筋の話として、北朝鮮の金永春人民武力相(73)が13日、極秘に中国の北京を訪問したと報じた。金人民武力相は金正日総書記の信任が厚いとされ、国連安保理の対北朝鮮決議に反発し、北朝鮮が同日発表した外務省声明について中国側に説明した可能性がある。

一方、中国外務省の秦剛副報道局長は、16日の定例記者会見で、北朝鮮高官の中国訪問について尋ねられ、「中国と北朝鮮との間では正常な人事往来がおこなわれている」とのべるにとどまった>(17日付朝刊、ソウル=尾島島雄特派員)

 

果たして、北の人民武力相は、たんに説明役として北京を訪れたのだろうか。もっと、重要な任務があったように思う。「説明」ではなく、「釈明」のための訪中ではなかったのか。北が、国内事情もあって、中国の意に反して強硬な態度を取らざるを得なかったことの釈明…。

 

なんだ、それだけのことか、と思われるかもしれない。しかし、もし北に中国の誤解を解こうとする真剣な態度がみられたなら、それは注目していい。200610月の第1回核実験のときと比べて、たいへんなちがいになるのだ。

 

第1回核実験の際も、中国は怒った。しかし、ポーズだけで、なにも制裁をおこなわなかった。当時の中国は、金総書記に完全になめられていたようである。

 

2006109日、北朝鮮、核実験実施。その6日後、国連安保理は、北朝鮮へのぜいたく品などの禁輸を義務づける制裁決議を全会一致で採択。11月末、北朝鮮分析を専門とする中国の関係者の間に、ある動揺が広がったという。中国分析では定評のあるジャーナリストの富坂聡氏が、こんな記事を書いている(「週刊文春」20061221日号、「金正日が胡錦濤『大物密使』を叱りつけた!」)。

 

すこし長いが、そっくり引用しよう。

 

<(中国の関係者の間に動揺が広がった)理由はこの少し前、中国が極秘裏に派遣した中国共産党の大物が金正日朝鮮労働党総書記と会い、その強気な回答を持ち帰ったためだった。しかも訪朝したのは、6か国協議で調整役として飛び回った唐家璇国務委員(外交担当)などとは次元の違う大物だったという。

北京の消息筋が語る。

「それは曾慶紅国家副主席でしょう。私はそう聞いています。情報はなかなか漏れてきませんが、訪朝は11月の下旬。オープンに交渉した6か国協議のための調整とは違い、今回は純粋に中朝関係のための会談でした。ここで中国側は、金正日から帝国主義と手を組んでいると、激しく批判されたといいます。言葉は丁寧でしたが、中身は厳しいものだったらしく、中朝がいよいよ抜き差しならない状況になりつつあることを改めて思い知らされたのです。しかも中国は、胡錦濤主席が自ら訪朝することを除けば、最高のカードを切ったことへの回答でしたから、衝撃は大きいはずです」

曾の極秘訪朝に関する情報の確認は簡単ではなかった。中国の政府関係者や記者のほとんどが「知らない」と答えたからだ。だが、北朝鮮と職務で接点を持つ専門家たちからは、断片的な情報がもたらされた。

中国で“情報”に携わる立場にある人物が語る。

「曾慶紅の訪朝にはもう一人重要な人物が同行しました。党中央弁公庁主任の王剛です。彼のポストは企業にたとえるなら社長室長。胡主席が側近を送ったといっても間違いじゃない」

この訪朝で核兵器保有の断念を迫った中国に対し、金正日は話し合いの時間こそゆっくりとったものの妥協の余地のない回答を寄せたという>

 

このなかには、だれもが検証できる、否定しえない真実が1点ある。金総書記が核兵器の保有を断念しなかったことだ。中国のメンツは丸つぶれ。以後、中国は、気の毒なほど、やりたい放題の将軍様に手を焼くことになる。

 

口では米帝をののしりながら、陰でワシントンにチラチラとウインク。あれだけ世話になりながら、北京がもっとも嫌う米朝の友好樹立で生き延びようと露骨に画策する。こんな北を毛沢東や鄧小平、いや江沢民でも決して許さなかったであろう。

 

胡錦濤主席、温家宝首相は、我慢強い性格なのだろう。じっとこらえていた。

 

2回目の核実験を断行した北朝鮮は、おそらく前回同様、中国を見くびっていたと思う。しかし、今回の中国はちがった。なにが、北京政権を変えたかといえば、いくつかの要因があげられるが、やはり世論の動向が大きかったと思う。

 

胡錦濤、温家宝両首脳は、中国共産党の歴代政権のなかで、世論、とりわけネット世論に敏感である。

 

12日の当欄で、<中国識者討論「中国は北朝鮮に圧力をかけるべきか」>を書いた。11日に放映されたNHK衛星第1<アジアクロスロード>香港PHXの中国識者による時局討論会である。この番組のみどころのひとつは、視聴者によるアンケート結果が、討論の途中で発表されることだ。

 

結果は、<中国は、米国の呼びかけに応じて北朝鮮に圧力をかけるべきか>に賛成73%、反対26%と、圧倒的に圧力派が多かった。この世論結果も胡錦濤、温家宝両首脳に伝わっていると思う。

 

さて、17日昼、TBSテレビのニュース、および「ひるおび!」で、注目すべき映像がながれた。これも、そのまま伝えることにしよう。

 

<ナレーション、「中朝国境付近では、あらたな、奇妙な動きがみられます。それは北朝鮮と接する中国丹東市でおととい(15日)撮影された映像。国境を流れる鴨緑江に見慣れないものがあります。灰色の鉄の板が中国側の川岸にいくつも並んでいます」。

軍事アナリストの小川和久氏がいう、「これは中国人民解放軍の工兵部隊が装備している浮橋(ふきょう)というものですね。幅がだいたい4㍍くらいで戦車も渡れます」。

ナレーション、「浮橋をならべることによって、戦車も大型トラックも通れるという。画面でみるかぎり、北朝鮮側までつなげることが可能だと小川さんはいう」。

小川氏がいう、「隣の国との国境線になっている川ですよね。そこで(浮橋の)訓練は、相手を刺激するのが明白でしょう。だから、ふつうはやらないんです」。

ナレーション、「一方、丹東市の町には、道路の両脇に軍用とおもわれるトラックが並んでいた。北朝鮮情勢と関連しているのか」。

小川氏がいう、「トラックには一切、人間も物資ものっていませんね。だからトラックそのものが、なんらかの目的で納品される前の状態かもしれない。この浮橋をつかって北朝鮮にプレゼントされるんじゃないか、とぼくは思っています」。

 

道路の両側にズラリと大型トラックが並んだ光景は、異様であった。小川氏は、「トラックは、浮橋をつかって北朝鮮にプレゼントされるんじゃないか、と思っています」というが、そうだろうか。プレゼントなど、なにもわざわざ浮橋をつかうこともないと思う。

 

浮橋が軍事的な意味をもつのは、あきらか。これは北朝鮮にたいする威嚇とみたほうがよいのではないか。TBSテレビの画面を撮ったので紹介したい。上段が鴨緑江の中国側に並んだ浮橋で、下段は浮橋をつなげたイメージ写真である。 

 

 

 

 

けさの日経によれば、中国政府は、丹東市の税関の荷物検査を厳しくしているという。<中国当局は、北朝鮮が初の核実験を強行した2006年にも、安保理決議を踏まえて同様の動きをみせたが、今回は「あきらかに2006年当時より厳しい対応」(中朝関係筋)」との見方が一般的>とか。   

 

先月の日経によれば、<大韓貿易投資振興公社(KOTRA)が518日に発表した2008年の北朝鮮の貿易額(対韓国を除く)は、前年比297%の381600万㌦(約3620億円)と、1990年以来18年ぶりの高水準となった>という519日付朝刊、ソウル=島谷英明特派員)。

 

記事をつづければ、<中国との貿易額が278700万㌦と前年比412 %ふえたのが主因。貿易額全体に占める中国の割合は、過去最高の73%となった>とか。

 

一方、中国の丹東市といえば、中朝貿易の約70%が経由される都市。まさに北朝鮮の命綱を支える接点だ。

 

北は、貿易の7割以上を中国に依存し、その7割が丹東市の税関でチェックされる。中国が、本気で丹東市の税関閉鎖を検討したら、北にとって死活問題というのは、一目瞭然といえよう。

 

北朝鮮は声が大きいのでいかにも頑強そうにみえるが、実際は、中国にいともたやすく首根っこを押さえられているのだ。これが厳然たる地政学的な現実である。

 

将軍様が、さいごに望みを託したオバマさま。オバマチームまでつくって、声をかけられるのを待っていた。それなのに、予想もしなかったつれなさ。核実験でふりむかせようとしたが、これも逆効果。やっぱり中国にすがるしかないのだ。

 

もろもろから推測を広げれば、金正雲氏が青ざめた父親の名代として、釈明のために、朝日新聞が報じたようにひそかに訪中し、兄の正男氏とともに胡主席と会見したことは、おおいにありえるのではないか。朝日報道を否定した中国報道官の言明についてどう思うかという問いには、ひとまず、「どこかの国にこれまで一度もウソをつかなかった外務省スポークスマンはいたでしょうか」と、答えておきたい。

 

〔フォトタイム〕

 

銀座で写すその7

ここにも花がありました。

 

 

 

 

 

 

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