2009年04月

SMAPメンバーの草彅剛(34)は、嫌いじゃない。だから、きのう、駅前の売店に置かれた夕刊紙に、思わず足を止めた。草彅が逮捕されたという大きな見出し。公然わいせつ行為、という文字もみえた。あとは、わからない。

 

一体、なにをしたのか。ばかな。

 

帰宅してテレビをつけると、たまたま草彅事件を報じていた。「びっくりしました」と、若者がコメントしていた。その顔がニコニコしている。これは微罪だな、と直感した。

 

そのまま、画面をみていたら、酔っ払った草彅は、檜町公園で、真っ裸になったのだという。

 

なあ~んだ、そんなことか。

 

たしかに泥酔して、警察官にわめきたてるなど、大のおとなのやることではない。恥ずかしくて、みっともない行動である。

 

ただ、当方は、てっきり女性に対してなにか、とんでもない、いやらしい行為をしたにちがいないと思っていたので、正直にいって拍子抜けというか、ファンのひとりとして、ほっとした。

 

むろん、弁解の余地などないのだが、外野席から推察するに、本人は、自宅に帰った気分になったのではないか。持ち物などをきちんと置いておいたというから。

 

ニュースのなかで、オヤッと思ったのは、警察が家宅捜索した、という点。覚せい剤所持などを疑ったのかもしれない。さいわい、なにもなかったようだ。

 

現場の檜町公園は、よく知っている。深夜なら、それほど人通りは多くない。外国人には、みられたようだが。

 

日本中が、大変なさわぎになったのは、当事者が人気タレントということもあるが、さらに盛りたてているのは、潔癖症という国民性かもしれない。

 

草彅自身が、清潔なタレントというイメージがあるので、よけいに衝撃を与えてしまった。

 

韓国の若者たちも、草彅事件に衝撃をうけているという。かれらの気持ちが、なんとなくわかる。おそらく日本人以上に、草彅の清潔さにひかれていたにちがいない。

 

最近読んだ、韓国の大学教授が書いた本に、日本人の美徳として清潔さをあげられていた。わたしも、以前、ある韓国人から、日本人の清潔好きをほめられたことがあった。

 

草彅のCMが、つぎつぎと中止になっている。潔癖症の国民を考えれば、スポンサーとしては、当然の措置ということになろう。

 

が、全体に、ちょっと過剰反応すぎるのではないか、という気もする。どこか、自粛などせず、草彅の、「ご迷惑をおかけしました」というひとことを追加して、CMを流すところがあれば、たいへんな人気を得るかもしれない。ありえない話ではあるけれど。

 

〔フォトタイム〕

 

渋谷駅のオブジェその5

これは、「渋谷区近代学校発祥の地」を記念する碑文です。明治5年、三井八郎右衛門らが中心になって、このあたりに平屋建ての校舎が建てられました。

 

 

 

高橋洋一氏といえば、小泉政権の中枢にいた竹中平蔵元総務相のブレーンだった元財務官僚。その高橋氏は、自著『さらば財務省!――官僚すべてを敵にした男の告白』(講談社、2008年)の終章で、つぎのように述べている。

 

<知名度を高めた竹中さんは慶応義塾大学に戻り、今や引っ張りだこの多忙な日々を送っている。かたや私は、安倍政権に残り、最後は追われて永田町・霞が関には居場所がなくなった。竹中さんはうまく立ち回り、私は貧乏くじを引かされたと思われる方がいらっしゃるかもしれない。

しかし、それはまったく違う。

竹中さんは有名になったかわりに失ったものも大きかった。有名税といってしまえばそれまでだが、今でも町を一人で歩けない。五年半にわたった閣僚時代もまるで自由がなかった>

 

そう書いた高橋氏だが、じつはすでにご自分も有名になっていた。永田町・霞が関に居場所がなくなった高橋氏は、東洋大学教授として、メディアの場で注目される論客になった。その人が、窃盗容疑で書類送検されたのである。産経新聞3月31日付朝刊は、つぎのように報じている。

 

<日帰り温泉施設の脱衣所で財布や腕時計を盗んだとして、警視庁練馬署は30日、窃盗の疑いで元財務官僚で東洋大の高橋洋一教授(53)=東京都板橋区=を書類送検した>

 

<同署の調べによると、高橋教授は24日午後8時ごろ、東京都練馬区の「豊島園 庭の湯」の脱衣所で、ロッカーから区内に住む男性会社員(67)の現金5万円入りの財布や、数十万円の腕時計などを盗んだ疑いがもたれている>

 

埋蔵金問題など、高橋氏の論説には、注目すべき点があった。それだけに、この新聞記事には、衝撃をうけた。微罪とはいえ、いま、批判にさらされている小泉改革そのものへの評価に影響を与えかねない。

 

東洋大学もまた、たいへんなショックをうけたと思う。大学側は、どう対処するのだろうか、と思っていたが、そのご、とくに続報はなかった。

 

きょう、はじめて、高橋氏が、懲戒免職になっていたことを知った。けさの日本経済新聞は、こう伝えている。

 

<東洋大は22日までに、窃盗容疑で書類送検されていた元財務官僚の高橋洋一経済学部教授(53)を懲戒免職処分にした。処分は20日付。東洋大によると、同日開催の常務理事会で、「大学の名誉を汚し、教職員の品位を傷つける不正な行為」として、懲戒規定に基づく免職を決定した。高橋元教授とは事件後、一切連絡が取れず、処分内容は弁護士を通じて伝えるという>

 

高橋氏が失ったものは、大学教授の職だけではない。知恵袋としての高橋氏に期待していた人たちの信頼などもまた、失ったにちがいない。

 

〔フォトタイム〕

 

渋谷駅のオブジェその4

JR渋谷駅の、ハチ公改札口そば。その壁面を飾るハチ公ファミリーをモチーフとした陶板レリーフ(原画・北原龍太郎、造形・ルイ・フランセン)です。

 

 

和歌山毒物カレー事件は、結局、林真須美被告(47)の動機が解明されないまま、地裁、高裁、最高裁ともに死刑判決であった。「動機がわからないのに、極刑はおかしい」と被告側ではみているようだが、いちばん納得できないのは、被害者側であろう。

 

なぜ、殺されたのか。殺される理由が、どこにあったのか。これは天災ではないのだ、といった無念の気持ちが、遺族にはあると思う。

 

「動機なき殺人」というが、心神喪失など、ごく少ない例外をのぞけば、それはないと思う。果たして、動機なくして、殺意が生じるであろうか。

 

動機というのは、バカにされたとか、借金が返せなくなったとか、殴られたといった、わかりやすいものばかりではない。

 

ときには、思いがけないことも、殺意の動機になる。深刻な鬱積したものがあったときは、ほんのささいなことが引き金になる。太陽が、かっと照りつけたとか、犬に吠えられたといったことでも。

 

だれでも、日常的に感じることがあると思うが、自分のやった行動が自分でわからないときがある。たとえば、ある行動を起こしたのはいいが、自分はなんのためにここに来たのか、わからなくなる。それに類したことは、めずらしいことではない。

 

本人も忘れたことを第三者が推察するのは、不可能である。

 

いずれにしても、選択肢は、4つのうちのひとつということになる。

 

1、被告は、動機を隠している。

2、被告は、動機を失念した。

3、被告は、心身喪失であった。

4、被告は、なにもしていない。

 

一審、二審、最終審とも、結果として動機解明にこだわらなかった。言い換えれば、状況証拠にそうさせるだけの説得力があったということだ。

 

被告の次女は、事件当日の犯行推定時刻に母親と一緒にいたという。ただし、これでアリバイ成立ということには、ならない。周知のように裁判官は肉親の証言を採らない。

 

林被告のふてぶてしい姿に嫌悪感をいだいた人はすくなくないと思う。反省するどころか、真犯人は、べつにいると主張しているのだ。案外、これは自分の潔白を信じている子どもたちへの精一杯の愛情なのかもしれない。遺族には、耐えられない推測ではあろうが。

 

〔フォトタイム〕

 

渋谷駅のオブジェその3

忠犬ハチ公の近くでは、裸の子どもたちが飛び跳ねていました。

 

 

 

 

世界の不況は、いつ回復するのか。そのカギを握るのは、アメリカと中国。とりわけ後者への期待は大きいが、もっと突き詰めれば、中国の農民対策の結果いかんとも思える。

 

内陸部に住む中産階級のエコノミックパワーへの期待は当然にしても、8億9000万人の農民の不満を解消しないことには、中国の安定はおぼつかない。農民の不満が沸騰点に達したときは、中国共産党政権の終焉のとき、というのは、だれでも推測できることだ。

 

けさの日本経済新聞は、<中国経済が真の強さをもつための課題>を、SOHO中国会長、潘石屹(はんせききつ)氏に聞いていた(SOHO中国は、香港に上場する北京の不動産デベロッパーだという)。

 

そのなかで、潘会長は、同紙中国取材班の「農村をどうするか」という問いに、つぎのように答えていた。

 

「(都市と農村の戸籍を分けている)戸籍制度を改革すべきだ。農村は社会保障、教育など各面で待遇が劣る。改革の方向は(都市と農村の間の)公平性にある」

 

「土地問題もある。農民の土地は集団所有制だ。政府が土地を農民に(私有地として)返還すれば、強制立ち退きなどの社会問題もなくなるうえ、豊かになるだろう。土地があれば農民の購買力が増す。農民が土地を使って農作業をしても、売却して事業を興してもいい。農作業が得意な農民に売れば、農業を集約的に運営できる」

 

潘会長が指摘するまでもなく、農村戸籍と都市戸籍という差別をなくす方向で、北京政権も動いている。しかし、なかなか進んでいない。思いきって全廃したい気持ちは、胡錦濤主席の胸のうちにもあると思うが、踏みきれない。

 

なぜ、できないか。ダムの決壊のような恐ろしさを予感しているからだ。農村戸籍というのは、農民を農村にしばりつけておく手段であって、歯止めがなくなれば、かれらの一部が都市部へ殺到するのは、目にみえている。

 

中国の場合、「かれらの一部」といっても、その一部が半端な数ではないのだ。「ほんの一部」という表現が、東京都の人口に匹敵するとか。

 

平等を基本とする社会主義国で、不平等でしか体制を守れないという矛盾した状況。それを打破できないところに、中国共産党政権の深い苦悩がある。

 

潘会長がいうように、中国政府が土地を農民に私有地として返還すれば、それは、私有財産の保護を明記した物権法の採択以上のインパクトをもち、文字どおり社会主義との決別を意味する。

 

中国政府は、すでに土地使用権の売買を容認しているが、問題が続出している。たとえば土地を手放した人たちが、結局、ほかの商売で自立できずにいる。おカネは、どんどん減っていく。土地というよりどころを失って、さ迷っている元農民はすくなくない。

 

いずれにしても北京の不動産デベロッパー経営者が思うほどに、中国の3農(農村、農民、農業)問題を解く方程式は、やさしくないのである。

 

〔フォトタイム〕

 

渋谷駅のオブジェその2

忠犬ハチ公は、相変わらずの人気でした。

 

 

 

 

思い立って手持ちのDVDでハリウッド映画「ナイアガラ」をみた。前回、お伝えしたマリリン・モンローのドキュメンタリー番組をみたあと、急にモンローの映画をみたくなったのである。

 

数あるモンロー作品のなかで、なぜ「ナイアガラ」かといえば、自宅にあるDVDのなかでこれしかなかったから。ずいぶん前、新橋駅の構内を通ったとき、500円で買ったものだが、まだみていなかった。

 

1953年の作品。ナイアガラでモンロー扮する人妻が、愛人と共謀して夫を殺そうとする。新婚旅行に来ていたカップルが事件に巻き込まれていくというストーリーだが、ナイアガラの景観がすばらしかった。

 

モンローは悪役のうえ、死んでしまう。役柄としては、ぴったりだったが、途中で消えてしまうのだから、ほんとうの主役は、若い妻を演じたジーン・ピータースということになる。この女優の映画は一度もみたことはなかったが、名前は知っていた。

 

ピータースは、かの有名なハワード・ヒューズのさいごの奥さんであった。大富豪ヒューズの妻といえば、キャサリン・ヘップバーンや、エヴァ・ガードナーもそうだった。

 

結局、ピータースも離婚した。いくら金持ちでもヒューズの奇行には耐えられなかったのだろう。ヒューズは極度の潔癖症のうえ、人を信用しなかった。専用のコックのつくった料理もうたがって、缶詰しかたべなかったという話もあるが、真偽のほどはわからない。

 

〔フォトタイム〕

 

渋谷駅のオブジェその1

先日、渋谷駅をぐるっと回って、気がついたオブジェを撮ってきました。まず、西口にある「新島のモヤイ像」です。新島では、島民が力をあわせるときに、「モヤイ」ということばを使うそうで、この像は共同体のシンボルのようです。

 

 

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