2008年09月

民主党の政権を望んでいる人たちも、この党の公約を担保する財源については、ずっと詳しく知らされていなかったので、それぞれに不安を抱いていたと思われる。不安な点は、当欄でもふれてきたが、最近は、鳩山由紀夫幹事長がテレビなどで具体的に説明するようになって、ようやく民主党案の財源の中身がみえてきた。

 

けさの朝日新聞も、民主党マニフェスト(政権公約)のおもな財源について明らかにしていた。記事によれば、マニフェストには、<政権交代後の4年間で、特別会計の積立金などの「埋蔵金」を活用(65兆円)したうえ、国家公務員の人件費を総額2割削減(1・1兆円)するなどして計201兆円の財源を生み出し、主要政策に充てると明記している>という。

 

「埋蔵金」を財源にすることについては、これは国の莫大な借金の返済にまわしてのちの世代の負担を軽くすべきではないのかな、とも思うが、それはひとまずおいて、国家公務員の給与削減案について感想を述べてみたい。

 

給与の2割カットというのは、国家公務員の家庭にとっては、たいへんな打撃だ。かりに民主党政権になって、子ども手当を月額2万6000円もらえたとしても、それ以上の給与カットになるのだから、家計の圧迫は避けられない。該当する子どものいない家庭は、見返りゼロだ。

 

一方、この民主党案にもろ手をあげて賛成する人たちもすくなくないはず。つねづね、お役人の高い給料を苦々しく思っている人たちにとっては、溜飲の下がる思いであろう。国家公務員の票をへらしても、この人たちからたくさん集票できる。

 

しかし、民主党案は、なかなか巧妙で、国家公務員の給与カットは、2011年度以降となっている。いったん、政権をとったら、国家公務員の協力は不可欠。本当に給与カットを断行できるかどうか。それまで政権がもつのか。そのへんは、わからないので、国家公務員の皆さんも、案外、それほど深刻には受け止めていないのかもしれない。

 

〔フォトタイム〕

 

新宿・総合校舎コクーンタワーその2

JR新宿駅西口、あるいは東京メトロ丸の内線、または京王線、もしくは小田急線、ほかに都営地下鉄線もあるが、どの電車であれ、降りたら、新宿駅西口中央通りへむかって下さい。すぐに、コクーンタワーに出会えるでしょう。

 

 

ポピュリズムとは、大衆迎合主義。主に政界用語として、よく使われる。民主政治の根幹は選挙であり、選挙があるかぎり大衆への迎合が消えることはあるまい。政治の場合、問題となっているのは、その度合いであろう。

 

その点、司法とポピュリズムの関係は、政界ほどには目立たない。それだけに韓国大統領の発言には、意表をつかれた。

 

韓国の有力紙、中央日報日本語版(9月27日)によれば、李明博(イ・ミョンバク)大統領は、26日、韓国司法60周年記念式典の祝辞で、「司法のポピュリズムは、警戒しなければならない」としたうえで、「国民の信頼は、人気と世論ではなく、正義と良心の声から生まれる」という認識を示したという。

 

大統領がこういったのは、韓国の司法界に、ポピュリズムがはびこっている、ということでもある。具体的に、どういう状況にあるかわからないが、裁判などで、法治ではなく、人間関係による、いわゆる人治がみられるのか。あるいは、裁判などに対するメディアの強い影響力への牽制球なのか。

 

いずれにしても姑息な司法のポピュリズムは、言語道断だが、さて、日本は、どうなのだろう。司法のポピュリズムなんて、お隣さんのこと。わが国は、ぜんぜん、問題ありません、ということであれば、よいのだが。

 

司法のポピュリズムをもうひとつ、べつの観点からもみてみたい。それは、法は、完全無欠ではない、ということだ。法もまた、生きもの。時代とともに、変わりゆくこともある。したがって、司法のポピュリズムを全面的に否定してはいけない。法曹人は、大衆の気持ちをまったく無視することはできないと思う。

 

10月1日は、法の日。ちょうどいい機会だから、司法のポピュリズムを表と裏から考えてみたら、いかがであろう。

 

〔フォトタイム〕

 

新宿・総合校舎コクーンタワーその1

JR新宿駅西口の近くに建設中の超高層ビル、コクーンタワーがまもなく完成します。

 

 

就任わずか4日にして、きょう、中山成彬国土交通相が引責辞任するという。風雲急をつげる麻生内閣。総選挙の日程にも、影響するかもしれない。

 

それにしても、麻生太郎首相は、タフである。けさの産経新聞「麻生日誌」によれば、9月27日午前2時53分、国連総会出席を終え、政府専用機で羽田空港に到着。きのう、お伝えしたように、0泊3日というハードなニューヨーク出張だった。

 

で、帰宅したのが、午前3時35分。時差で、熟睡できたかどうか。それなのに、午前1126分から57分まで、例によって、伴走者たちを従えて、東京・神山町周辺をウオーキングした。午後からは、皇居で帰国の記帳。官邸で河村建夫官房長官らと打ち合わせ。そのあと、個人事務所へ寄って、午後6時30分に私邸へ戻ったとか。

 

麻生さんは、昭和15(1940)年9月20日、生まれ。68歳になったばかりである。先日、引退表明した小泉純一郎元首相は、昭和17(1942)年1月8日、生まれ。66歳である。リタイアするほうが、若い。

 

体力、気力というのは、あまり暦の年齢に関係といわれるが、麻生さんの行動をみていると、たしかにそうかもしれない。それだけ芯がつよいのかもしれない。

 

よく知られているように麻生さんは、昭和43(1976)年、クレー射撃でモントリオール五輪に日本代表で出場。運動神経は悪くないのだろう、田中角栄氏にすすめられたゴルフも、現在、ハンデ9を維持しているとか。

 

さて、麻生さん、体育会系のタフネスで、難局をどう乗り切っていくのだろう。

 

〔フォトタイム〕

 

カウパレードその7

カウパレードのさいごは、皇居のみえるところから選びました。

 

 

就任早々の麻生太郎首相は、9月25日(日本時間26日)、ニューヨークの国連総会で演説した。機中泊の、いわゆる0泊3日の強行スケジュールであった。

 

総理大臣になったのが、出発前日の24日。やらねばならないことが、山ほどもあるなかでの、ニューヨーク行き。その慌ただしさは、よくわかる。

 

今回の麻生首相の訪米は、とくべつにしても、わが国のえらい人たちの過密スケジュールは検討したほうがよいと思う。とにかく、こういう日程は、国益に照らしても、もったいない。

 

麻生首相の場合、外務大臣時代も、今回のような強行軍が多かったと思う。首相や閣僚の海外出張の日程がきつい理由は、いろいろあるが、いちばん大きいのは、国会審議との兼ね合いであろう。それぞれに理由はあるにしても、どこかに改善の余地はあるはずだ。

 

とにかく、いまの状態は、異常である。歴代大臣のなかには、ヨーロッパで現地滞在2、3時間なんて例もあるくらいに、海外出張の過密ダイヤがふつうになっている。

 

麻生首相の場合は、政府専用機で渡米した。政府専用機は、2機、同時に飛ぶのが原則である。不測の事態に備えるためで、それ自体は、無駄遣いとは思わない。

 

もったいないなあ、と思うのは、せっかく海外へ行ったのだから、もっと外国の要人に会うとか、それが無理なら、現地の美術館を訪れてもよい。日本の大臣に、それくらいの余裕があっても、国民は大目にみるはずだ。

 

大臣のなかには、自分がいなければ、国政は停滞するという気持ちの人もいるかもしれない。心配ご無用。ちゃんと、だれかが代わりにやってくれるはず。

 

それにしても、岩倉具視らの欧米視察旅行の、なんとスケールの大きかったことか。岩倉使節団一行は、明治4(18711223日、横浜を出発し、1年と9か月、日数にして632日をかけて、アメリカをはじめ欧米14か国を視察してきた。

 

当時と今は、時代も環境も全然、ちがうので、比較にはならない、という人もいるかもしれないけれど、新しい政府ができてまだ数年しか経っていない時期に、大久保利通らの政府首脳が長い船旅に出たという事実に、目のくらむような感動を覚える。

 

いずれにしても岩倉使節団の見聞が、その後の日本の発展に大きく寄与したのはまちがいない。

 

〔フォトタイム〕

 

カウパレードその6

今回は、実物大のウシ(グラスファイバー製)が65頭、子ウシが8頭、あわせて73頭が登場しています。このお尻のみえるウシの写真は、丸の内仲町通りで撮りました。デザインがシンプルですね。

 

 

きのう、小泉純一郎元首相(66)が、政界を引退する意向を表明した。いまなお、政界における小泉さんの存在感は絶大で、突然の引退表明を報じるメディアの扱いも大きい。政治家としては、まだまだ活躍できる年齢なのに、なぜ、小泉さんは議員生活を終えるのか。メディアでは、いろいろな解説があった。

 

けさの朝日新聞は、<今回の自民党総裁選では、支持した小池百合子元防衛相が麻生首相に大差で敗北。構造改革路線への批判が強まるなかで引退を決断したと見られる>と伝えている。そのほかテレビや新聞で、辞めた理由をいくつか、あげていたが、小泉さんの辞任の理由としては、どれもこれも希薄に思えた。

 

わたしの推測では、ときどきの政治現象をにらみながらも、おそらく小泉さんは、ずっと前から引退のタイミングを狙っていたと思う。そう考える根拠もある。10年ほど前、小泉さんにインタビューした。当時、55歳の小泉さんは、厚生大臣。そのとき、むすびのやりとりは、こうだった。

 

――ご自分の定年を考えていますか。

「そうね。できたら、早く引退したいね。元気なうちに」

――70歳ですか、定年は。

「おやじは、65で亡くなったんです。だから65ぐらいまでは、精一杯、がんばろうかな」

――まだ10年あります。10年あれば、相当大きな仕事ができます。

「うん、できる。で、10年経ったら、いつ辞めてもいいな」

 

その後の10年の間に、まさか5年半も首相をつとめるとは、思いもよらなかった。むろん、小泉さんだって、想定外のこと。念願の官邸で完全燃焼したのだから、もう、いつ辞めてもよかった、というのが、本当の気持ちであろう。

 

〔フォトタイム〕

 

カウパレードその5

この通りをまっすぐに行けば、右に東京駅、左に丸ビルがあります。

 

 

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