事件を新聞で知ったとき、真っ先に思ったのは、逮捕された女性の純情さであった。罪を犯した人間に対して、純情というピュアなことばを使うべきではないかもしれないが、それが率直な感想であった。そういう気持ちになったのも、最近、試写会でみた映画『ランジェ公爵夫人』(原作バルザック)のせいでもある。
1月25日付の産経新聞によれば、名古屋市に住む女性(元会社員、30歳)は、平成13(2001)年末に携帯電話の出会い系サイトで知り合い、一度も会ったことがない男(無職、32歳、住所不定)に、翌年春ごろから、「親が病気になった」とカネを無心された。はじめのうちは、借金などして送金していたが、経理担当だったので、そのうちに会社のキャッシュカードを使うようになった。
ふたりを窃盗容疑で捕まえた愛知県警港署では、送金額は、合わせて約1億3000万円とみているという。分別のある女性では、とても考えられない行為。顔も知らない男に、これほどの大金を貢ぐとは、あきれてものもいえない、なんと間抜けな女よ、といいたいところだが、ちょっと、踏みとどまって、この女性の気持ちを思ってみたい。
女性は、調べに対して、「交際を続けたくて、会社のカネを引き出してしまいました」と供述しているという。要するに、惚れてしまったのだ。古今東西、男と女の関係では、惚れたほうが、圧倒的に弱い。岩波ホール創立40周年記念作品として4月5日からロードショーの『ランジェ公爵夫人』(ジャック・リヴェット監督、2006年、フランス・イタリア合作映画)のテーマが、まさにそうだ。
19世紀初頭のパリ貴族社会。社交界の華、ランジェ公爵夫人は、英雄として凱旋した武骨な将軍を思わせぶりな振る舞いで翻弄する。公爵夫人の媚態を愛と錯覚した将軍は、相手の邸宅に通いつづけるが、いつも拒絶されるばかりであった。追いつめられた将軍は、公爵夫人を誘拐。それがきっかけとなって、公爵夫人は将軍へと傾き始めるが、こんどは将軍が、公爵夫人を徹底的に無視する。将軍を追いかける公爵夫人。フランス流の恋の駆け引きは、日本人には、わかりづらいところもあるが、それはともかく、公爵夫人と将軍の立場は、完全に逆転したのである。
じつは、将軍の完全無視は、自分のほうへひきつけるための作戦であった。作戦は、みごとに成功したが、ボタンのかけちがいで、公爵夫人は失意のうちに、修道院へ入ってしまう。将軍は、ようやく孤島の修道院にいる公爵夫人を探し当てるが、その気持ちを変えることは、もはや出来なかった。
ふたたび、名古屋の女性に戻るが、彼女は、一途に男を思い、男のほうも、そういう彼女の真面目さをうまく手玉にとって、ときには、素っ気なくしたりして、焦らしていたのだろう。会社のカネを盗んだ女性でも、ワルに翻弄された日々を思えば、とんでもない悪女と決めつけるのは、どうも可哀想な気がする。
〔フォトタイム〕
上野公園その6
上野の山は、あさ、ヒル、夕刻、いつ来ても風情があります。