2007年11月

何年か前、仲間と雑談していた折、イギリス料理は、どうしてまずいのだろう、という話になった。イギリスには、これまで4、5回ていど、いずれも短期間、滞在したくらいで、とても論じる資格はないが、正直にいって、一度もおいしい、という気にはならなかった。ロンドンのホテルで朝、食べた黒こげのパンを、いまも覚えている。ほかの人たちも、イギリスに長く滞在した経験があるわけではないが、やはり、まずいと異口同音にいった。

 

その後、イギリスに長期滞在していた知人に、この話をしたら、「とんでもない。じつに、おいしいよ」というのだ。そのあと、たしか外交評論家の加瀬英明氏だったと思うが、イギリスの朝食は世界でいちばんおいしいと、どこかで書いていたのを読んだ。

 

そして最近、たまたま手にしたマークス寿子著『日本はなぜここまで壊れたのか』(草思社)をぱらぱらとめくっていたら、「イギリス料理はまずいというけれど本当か」という小見出しをみつけた。ちなみに秀明大学教授の著者は、1971年、ロンドン大学LSE研究員として渡英し、マイケル・マークス男爵と結婚(その後、離婚)。現在も、日英間を行き来している日本有数の英国通である。著者は、こう書いている。

 

<いつごろからか、日本人のだれもが、まるでお世辞でもいうかのように、イギリス料理はまずいでしょう、イギリスは食事がまずいでしょうというようになった。食べたこともない人までそういう。イギリスへ1週間の旅行をしたのでは、ホテルか、近くの安いレストランの食事がせいぜいで、人によってはフィッシュ・アンド・チップスだけをイギリス料理と考えている人もいる>

 

マークスさんによれば、イギリスは家庭料理がおいしいという。家庭料理は、素朴な味、素材を大切にする。<イギリスでは、ミルクも果物も野菜も、日本より種類は少ないが、ずっとおいしいとわたしは感じる。たとえばミルクやバターは、イギリスのものと日本のものとは、比べものにならない>そうだ。イギリスへ行って、いちばん感激するのは、ミルクがおいしいことだという。そういえば、イギリスの午後のお茶というのは、なかなかよかったのを思い出した。

 

<きょう・あす・あさっての見頃の草花>

 

11月30日、モミジ紅葉最盛期(小石川、殿ヶ谷戸)。

12月1日、モミジ紅葉見頃(代々木)。

12月2日、カイツブリ、カルガモ目立つ(清澄)。

 

〔フォトタイム〕

 

国立科学博物館その5

国立科学博物館の住所は、台東区上野公園7-20です。動物園や美術館とは、ひとあじちがう楽しさが、ここにはあります。



 

「妻 接待おねだり」という、けさの産経新聞社会面トップの記事には、驚いた。前防衛事務次官、守屋武昌容疑者(63)の妻、幸子容疑者(56)は、宮崎元伸容疑者(69)に、自分のほうから、「きょうは、ふぐを食べに行きましょう」と誘っていたという。亭主の地位を思う存分に利用して、たのしんでいた官僚夫人というのは、日本の汚職史のなかでは、あまり例はない。

 

幸子容疑者は、悪女、あるいは、悪妻であろうか。きのうは、毛布をかぶったり、マスクをしたり、みるも無残な姿で、フラッシュをあびていたが、元来は、陽気でざっくばらんな女性らしい。たぶん、頭もわるくないと思う。一緒にはじめたゴルフは、亭主よりうまかったというから、運動神経もいいのだろう。たかりも一緒で、夫婦仲はわるくなかったはずだ。

 

幸子容疑者は、防衛省のノンキャリアの職員だった。職場結婚である。彼女は、庁内では数の少ないキャリアのなかから、将来の次官を射止めた。その眼力は、たいしたものだが、そういう才に結局、おぼれてしまったのかもしれない。亭主をここまで出世させたのは、自分の内助の功、といった自負が、彼女を過剰接待にのめりこませたのか。守屋容疑者にかんしては、やり手の女房をもった男の不運といいたいところだが、亭主がしっかりしていれば、こうはならなかったのだから、しょせん、どっちもどっちだ。

 

防衛省には、課長級以上の夫人が集まる親睦団体「美鳩会」というのがあるという。幸子容疑者は、この会を仕切っていたらしい。日本の在外公館にも、奥さんたちの会があって、夫の地位に準じて奥さんたちのヒエラルキーも決まっているという。「美鳩会」もそうだったと思うから、幸子容疑者は得意満面であったにちがいない。しかし、驕れるものは、久しからず。夫婦離れ離れになったいま、ふたりは、何を思っているのだろう。

 

<きょう・あす・あさっての見頃の草花>

 

11月29日、大安。ハゼノキ紅葉(旧芝離宮、カンツバキ(小石川)。

11月30日、モミジ紅葉最盛期(小石川、殿ヶ谷戸)。

12月1日、モミジ紅葉見頃(代々木)。

 

〔フォトタイム〕

 

国立科学博物館その4

JR上野駅公園口で降りて、真正面が東京文化会館。右手が行けば、国立西洋美術館ですね。角を右折すれば、国立科学博物館です。



27日の東京株式市場は、乱高下した。けさの産経新聞は、オイルマネーと呼ばれる中東産油国の資金の存在感が急速に高まっていると報じている。昨夜のNHKニュースも、株価急騰の要因として、中東の政府系ファンドが取り上げられていた。ヘッジファンドの3倍もの運用資産があるという世界の政府系ファンドが、サブプライムローン問題でシュンとなったワールドマーケットの救世主になるのか、それとも他国の一流企業の支配も目指す、衣(ころも)の下に鎧(よろい)をまとった要注意の存在なのか。NHKでは、そこらがよくわからなかった。聡明なエコノミストによる、わかりやすい解説を期待したい。

 

そもそも政府系ファンドとは、どういうものをいうのか。そして、その運用資産は、いかほどなのか。日本経済新聞11月20日付朝刊に、「資産規模の大きな政府系ファンド」一覧が出ているので、参考までに引用しておこう。

 

1、アブダビ投資庁(アブダビ首長国)、6250億ドル

2、政府年金基金(ノルウェー)、3220億ドル

3、サウジアラビア通貨庁(サウジアラビア)、3000億ドル

4、政府投資公社(シンガポール)、2150億ドル

5、クウェート投資庁(クウェート)、2130億ドル

6、中国投資有限責任公司(中国)、2000億ドル(資本金)

7、安定化基金(ロシア)、1275億ドル

8、テマセク・ホールディングス(シンガポール)、1080億ドル

9、カタール投資庁(カタール)、600億ドル

10、リビア投資庁(リビア)、400億ドル

 

政府系ファンドの台頭ではっきりしているのは、石油収入や貿易黒字の伸びを背景に中東や、中国、ロシアが主役となり、日本の存在感は小さくなるばかり、という構図だ。その陰で日本の庶民は、灯油の値段の高さにおびえて、この冬は、早くふとんにもぐるようになるのだろう。

 

<きょう・あす・あさっての見頃の草花>

 

11月28日、モミジ紅葉(蘆花)、大イチョウ黄葉(旧岩崎邸)。

11月29日、大安。ハゼノキ紅葉(旧芝離宮、カンツバキ(小石川)。

11月30日、モミジ紅葉最盛期(小石川、殿ヶ谷戸)。

 

〔フォトタイム〕

 

国立科学博物館その3

大きなクジラがあったり、機関車があったり、国立科学博物館は、ロマンをかきたてられるところですね。



昨夜、NHKテレビでデモをする日本航空インターナショナルの客室乗務員らが報じられた。けさのテレビ朝日でも、取り上げられていたが、やっと落ち着いたのに、なんということか。株主でもないけれど、日航の凋落、経営陣の内紛などは、気分のいいものではなかった。

 

ようやく内紛も収まり、11月6日に発表した2007年9月中間決算では、連結営業利益が566億円に回復した。燃油価格の上昇など、先行きに不安は多いけれど、再建へのたしかな足がかりを感じさせたばかり。新経営陣の奮闘が功を奏し、やっと明るさがよみがえったと思ったら、こんどは客室乗務員たちのデモである。これでは梅雨明けは、まだ先のようだ。

 

日航には、9つの労働組合がある。そのなかで最大のJAL労働組合が、客室乗務員らの個人情報リストを無断で作成していたのだ。役所であれ、民間であれ、人事部などが従業者の個人情報を収集するのは、人事異動などに適用するうえで必要なことだ。むろん、調査内容に一定の限度はあるが、そのこと自体に問題はない。しかし、JAL労働組合の場合は、その目的もよくわからないし、チェック項目が、常識を逸脱していた。

 

プライバシーまでデータ化していたというのだ。病歴や出産歴。シングルマザーだとか、バツイチだとか、酒癖がわるいとか、独身で私生活が乱れているとか、158項目にわたってこと細かく調べていた。悪党、と記入された人もいたようだ。「一緒に仕事をしている上司が、情報を日常の業務のなかでたえず収集していたことに衝撃をうけました」と、客室乗務員のひとりが訴えていた。

 

日本航空インターナショナルの客室乗務員ら194人と労働組合の日本航空キャビンクルーユニオンは、JAL労働組合と日本航空インターナショナルなどを相手どり、約4800万円の賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。争点のひとつは、JAL労働組合のデータに会社側が協力していたかどうかであろう。会社側は、否定しているが、一難さって、また一難。これをうまく解決しないと、そのうち全日空にナショナルフラッグを奪われてしまうのではないか。

 

<きょう・あす・あさっての見頃の草花>

 

11月27日、紅葉見頃(赤塚、善福寺、石神井)。

11月28日、モミジ紅葉(蘆花)、大イチョウ黄葉(旧岩崎邸)。

11月29日、大安。ハゼノキ紅葉(旧芝離宮、カンツバキ(小石川)。

 

〔フォトタイム〕

 

国立科学博物館その2

子どものころ、だれもが一度はきたところ、といいたいのですが、地方の子らにとって、それは恵まれたケース。おとなになってから、子どもと一緒にきた人のほうが多いのではないでしょうか。



 

夏目漱石の妻、鏡子は、ソクラテスやモーツァルトの妻と並んで、悪妻の見本のように思われてきた。もっとも、そう思っている人たちのほとんどは、彼女たちのどこがダメ女房なのか、何も知っていない。だいたい、人間の評判なんてそんなもので、吹き込まれた先入観に囚(とら)われているのが普通だ。

 

東京郊外の書店で、松岡陽子マックレイン著『漱石夫妻 愛のかたち』(朝日新書)を買ってきて、読んでいる。著者の母親、筆子は、漱石の長女で、作家の松岡譲と結婚した。著者は、津田塾を出たあと、米オレゴン大学に留学し、当地でアメリカ人と結婚。その後、オレゴン大学で30年ばかり日本文学などを教えていた人。

 

同書によれば、漱石夫人は弟子たちを経済的に援助したという。そんなにまでしてもらった弟子たちが夫人を悪妻呼ばわりし、それが世間に広まっていったと、著者の母親はよく憤慨していたという。夫人はまた、漱石の身内にも援助していたとか。漱石の甥が大学を卒業するまで月謝を出していた。鷹揚で、気前のいい性格だったようだ。

 

漱石が生きている間、夏目家はずっと借家住まいであった。有名作家の漱石には、豪邸に住んでいる、という噂が流れていた。同書によれば、漱石は、大阪朝日新聞に「文士の生活」と題して、こんな文章を書いているという(大正3年3月22日付)。

 

<巨万の富を蓄えたら、第一こんな穢(きたな)い家に入って居ない。土地家屋などはどんな手続きで買うものか、それさえ知らない。此家だって自分の家では無い、借家である、月々家賃を払って居るのである。世間の噂と云うものは無責任なものだと思う>

 

漱石は、自分の妻が、まさか世間から悪妻呼ばわりされるとは、想像もしなかったであろう。まったく漱石がいうように、世間の噂というのは、無責任である。それはともかく、漱石が生前、マイホームを実現できなかったのに、夫人は漱石の死後、わずか2年後に、借家を買い取って大きな家を建てている。正月などは親戚の人たちが20人も、30人も集まって、お手伝いさんも7、8人いたという。相当の豪邸にちがいない。

 

わたしが最初に、漱石夫人は、世間のイメージとちがうと、感じたのは、雑司ヶ谷の漱石の墓地をみたときだ。あたりとは、群を抜く立派なお墓に、これでは漱石も苦笑しているだろう、と思ったが、同時に、世間の評判とは異なる、太っ腹で豪気な鏡子夫人を想像した。今回、『漱石夫妻 愛のかたち』を読んで、そのときのカンが当たっていたことを確認できた。では、なぜ、悪妻という評判が立ったのか。それなりの理由があったはずで、思うに鏡子夫人のものごとにこだわらない性格が、文学者特有の繊細な漱石の弟子たちと波長が合わなかったのだろう。

 

<きょう・あす・あさっての見頃の草花>

 

11月26日、メタセコイヤ紅葉(水元)、ツバキ見頃(蘆花)。

11月27日、紅葉見頃(赤塚、善福寺、石神井)。

11月28日、モミジ紅葉(蘆花)、大イチョウ黄葉(旧岩崎邸)。

 

〔フォトタイム〕

 

国立科学博物館その1

上野の国立科学博物館は、国立西洋美術館の並びにあります。リニューアルしていた日本館もこの春に工事が完了しました。



 

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