2007年06月

あす、月刊「正論」8月号が発売される。目次をひらくと、西尾幹二さんから中西輝政、屋山太郎、西岡力さんといった懐かしい名前が並んでいる。そのなかで、石平氏(評論家)の論文、「“狂気のカジノ”と化した中国の投機熱」をひらいてみた。空前の株ブームだが、その株バブルもいずれ崩壊するにちがいない。そのあと、確実にやってくるのは、不動産危機だ。石平氏が指摘するダブル・バブルの崩壊は、一体、中国をどう変化させてしまうのであろうか。

 

四川省で生まれ、北京大学哲学部で学んだ石平氏は、当然ながら中国人の気質を知悉している。社会が混乱したら、どうなるか。石平氏はこう予想する。

 

<いまの中国人民は、自分の失った財産を「取り戻す」ためには、どんなことでも平気でやるから、主に都市部に集中している数千万人単位の「ダブル・バブル崩壊」の被害者たちが、毎日のようにデモを起こしたり政府機関を包囲して乱暴したり、街中で暴れまくるのが必至であろう。そのなかで、暴動や流血事件のような騒乱があちこちで起きてくるのも予想のできることである>

 

石平氏は、財産を失った数千万人単位の人々に加え、企業の人員整理から吐き出される労働者、行き場を失った数千万人の流民たち、そして大学を卒業しても就職できずにいてウロウロする1千万人単位の大卒たちからなる、億単位の人々の動向を占う。「それぞれの憤懣と絶望を胸いっぱいに抱きながら、この中国社会、この中国政府に対する潜在的な反乱勢力となっていく」と。過去の王朝を倒してきたのは、まさに憤懣と絶望を胸いっぱいに抱きしめた人民たちであった。そうなったとき、北京政府は、どうするか。やはり国民の不満をそらすために「反日」に傾斜していくことになろう。

 

しかし、これは回避できないことではない。石平氏は、日本が国防体制をきちんと固めたうえで、危機の発生に十分対応できるように日米同盟をさらに強固なものにすれば、「北京政府も決して馬鹿ではないから」、冒険主義に走る愚をさとって国内の大改革に着手することによって、危機の回避を図るかもしれない、と指摘する。果たして胡錦濤政権が、民主化に踏み切れるかどうか。そう単純な話ではないけれど、中国共産党幹部が、易姓革命という歴史の事実を知らないわけがなく、政策の劇的転換はありえないことではない、と石平氏の論文を読みながら思った。

 

<きょう・あす・あさっての見頃の草花>

 

6月30日、ネムノキ満開(葛西臨海)、ムクゲ60種見頃(神代)。

7月1日、ヤマユリ開花(旧岩崎邸)、アメリカディゴ開花(日比谷)。

7月2日、キョウチクトウ開花(大島小松川)、トンボ産卵始まる(武蔵国分寺)。

 

〔フォトタイム〕

 

東京ミッドタウンその6

パンフレットには、「東京ミッドタウンの大きな魅力は、都心とは思えない緑の多さ」とありました。なるほど、檜町公園と連続するミッドタウン・ガーデンはなかなかのものです。



 

元首相の宮沢喜一さんが6月28日、老衰で亡くなった。享年87歳。宮沢さんの政治感覚にはクビを傾げることがあったし、折々の政治評論家的な言い方には違和感をもったこともしばしばあった。しかしながら、ひとつの時代を代表した政治家であったのはまちがいない。宮沢さんの輝かしい経歴はおいて、ここでは暴漢に襲われたときのことを、御厨貴・中村隆英編『聞き書 宮澤喜一回顧録』(岩波書店)を参考にしながら振り返ってみたいと思う。

 

昭和59(1984)年3月8日のあさ、宮沢さんはホテルニューオータニにむかった。前日、立正佼成会の庭野日敬会長から会いたい、という連絡があったからだが、これはニセの電話であった。そうとは知らずに指定された部屋に入った宮沢さんは、そこにいた男からナイフを突きつけられて、「金を出せ」と脅された。宮沢さんは、組んずほぐれつ、男と格闘し、ついにナイフは取り上げたが、灰皿をぶっつけられたりして、なかなか部屋から脱出できなかった。以下、同書を引用しよう。

 

宮澤 なんとかしてドアのところに行って、と思うんですが、ドアが内側へ開いても、かなり重い勢いでバタンと元へ戻るものですから、いっぺんぐらいノブが掴めても、また後ろから引っ張られちゃうので駄目なんです。そういうことで、かれこれ30分、わたしは40~50分やったのか思っていましたが。

御厨 それはすごいですね。

中村 体力が…。

宮澤 それはしかし、殺されると思いますから、誰でもやっぱり一所懸命やります。何度かドアのほうに手が引っかかるのですが、それができない。相手のいっていることもはっきりしないんです。金をよこせというなら、そういう状況では金をよこすことにはならないわけです>

 

部屋のなかですさまじい取っ組み合いがおこなわれているというのに、なぜか従業員はやってこなかった。ようやく逃げ出して救急車に運ばれ、「虎の門病院にしますか、それとも警察病院にしますか」と聞かれて、宮沢さんは虎の門病院を選んだ。救急車のなかで、警察官から宮沢さんは、一体、どういう状況でやられたのかと、聞かれた。「わたしは、ほとんどもう消耗し尽くしていましたから、とてもそんな尋問に答えられる状況にはないんですが、さすがに商売だなと思って、半分腹が立って、半分感心しました」と、宮沢さんは同書で述懐している。

 

犯人の素性やその背景などには、一切ふれていないが、事件が起きたのは、いまから24年前のこと。ということは、そのとき、宮沢さんは64歳ということになる。そのトシで、凶器をもった暴漢と密室で格闘したという事実には、文句なしに敬服している。合掌。

 

<きょう・あす・あさっての見頃の草花>

 

6月29日、チョウトンボ飛来確認(浜離宮)。

6月30日、ネムノキ満開(葛西臨海)、ムクゲ60種見頃(神代)。

7月1日、ヤマユリ開花(旧岩崎邸)、アメリカディゴ開花(日比谷)。

 

〔フォトタイム〕

 

東京ミッドタウンその5

上段はホテルの玄関、下段は個人の住まいの玄関。いわゆるセレブという方々のエリアであります。



ソニー・コンピュータエンタテイメント(SCE)会長兼最高経営責任者(CEO)だった久多良木健(くたらぎ・けん)氏(56)は、「暴れ馬」の異名をもっていた。さらに異端児ともいわれた氏は、家庭用ゲーム機、「プレイステーションの父」と呼ばれ、爆発的な人気を呼んだ「PS」と「PS2」は、世界のゲーム市場を席巻し、あわせて2億台を出荷、その売り上げは1兆円を超えた。

 

飛ぶ鳥を落とすほどの勢いだった久多良木氏は、平成15(2003)年4月、SCE社長を兼務したままソニー本体の副社長になった。順風がつづけば、社長も夢ではなかったはず。大胆な戦略は、裏目に出たときの傷は深い。先端技術を詰め込んだ「PS3」であったが、そうかんたんに3連勝とはいかなかった。2007年3月期では、2300億円の営業赤字を出してしまった。6月19日、氏はソニーを去った。

 

けさの産経新聞に、ソニーの中鉢良治(ちゅうばち・りょうじ)社長(59)のインタビュー記事が載っている。そのなかで中鉢社長は、巨額の赤字を計上したゲーム事業について、「死に物狂いでやる。グループの総力をあげ、本体とSCEで共同作業を深める」と述べている。言い換えれば、久多良木氏の牙城であったゲーム事業に、これまではソニー本体といえども口をはさむ余地がなかったということでもあろう。

 

中鉢氏と久多良木氏は、一時期、社長の座を争った間柄。出井伸之会長が中鉢氏を選んだ理由はいくつかあろうが、そのひとつに「聞き上手」というのがあったようだ。ソニーのトップ人事で、「暴れ馬」より「聞き上手」が優先されたことに、巨大化してしまったソニーの姿を垣間見ることもできよう。

 

夢多き人、久多良木氏には、ソニー創業以来のDNAがみなぎっていたが、時代のほうが変化していた。失敗した要因は、いくつか挙げられようが、成功体験に引きずられてしまったのが大きい。次第に謙虚さをなくしていくのは、成功体験者が陥りやすい病状だが、氏にもそれがあったのではないか。しばらく休養するという氏には、十分充電したあとに、ひと皮むいて、斬新な企画力をもって再登場してほしいと願っている。

 

<きょう・あす・あさっての見頃の草花>

 

6月29日、チョウトンボ飛来確認(浜離宮)。

6月30日、ネムノキ満開(葛西臨海)、ムクゲ60種見頃(神代)。

 

〔フォトタイム〕

 

東京ミッドタウンその4

ウチとソトでは、ちょっと雰囲気がちがう、というのも、このタウンの特徴かもしれません。



産経新聞の僚紙、夕刊フジ(6月26日付)が報じた「中国産食品の恐るべき汚染実態」の記事を読んで、あらためてその深刻さにガクゼンとした。この問題については、中国総局の福島香織特派員が、これまで何度も産経新聞、フジサンケイビジネスアイ、そしてご自分の記者ブログなどを通じて詳細に伝えてきた。夕刊フジで伊藤猛記者は、「日本人の食生活は、いま、中国産の食材なしには成り立たないとされる」と書いている。国民生活に直結する問題なので、日本のメディアは繰り返し報道していくべきテーマといえよう。

 

夕刊フジには、「食品衛生法違反で輸入不可となった直近の中国産食品」(厚生労働省のホームページより。6月分は途中経過。重複は省略)一覧が掲載されている。ここにでてくる食品は、おなじみのものばかりで、だれもが、一度ならず口にしているはずだ。 

 

5月――かば焼きうなぎ、ボイル帆立串刺し、乾燥しいたけ、白焼きうなぎ、大粒落花生、ゴム製へら(調理用器具)、冷凍ゆでがに、ウーロン茶、生鮮しょうが、冷凍ドクサバフグ、天然活あさり、水煮なめこ、石垣貝、乾燥なし、ホッケ醤油みりん漬け、水煮ホタテ貝、魚肉ねり製品(きざみ天ぷら)、冷凍あさり、さば照り焼き、生鮮にんじん、黒糖アーモンド、しめじ水煮、ソーセージ、黄金カレイほぐし身、むきあさり、氷菓、ミニアメリカンドッグ、味付椎茸、乾燥しいたけ、冷凍切り身いか、ピーナッツ菓子、いかリング串、冷凍むき身あさり

 

6月――サバフィレ、ゆでだこ、甘酢しょうが、ローヤルゼリー加工品、冷凍煮込みあなご、混合野菜、殻付きあさり、煮込むあなご、冷凍ねき、生鮮しょうが、かば焼きうなぎ、千切りにんじん、乾燥白くらげ、甜麺醤、あさり酒蒸し、そば、赤ピーマン、乾燥しいたけ、生鮮未成熟さやえんどう

 

この一覧表には出てこないけれど、怖いのは、中国産の原材料を使った日本の加工食品だ。伊藤記者によれば、「いまや日本の伝統的な食材まで中国産の原料がなければ十分な供給量が確保できない。たとえば、国内で流通する梅干しの約7割は中国原産で、ソバの9割、ミソの原料・大豆の6割強も中国からの輸入に頼っているといわれている」。加工食品の場合、原材料は表示されていても、原産地まではわからないのだ。また、輸入食品全体の1割しか検査されず、あとの9割は素通りという状態。しかも、検査済み証明書があっても、安心できない。証明書を金で買うお国柄、と伊藤記者は指摘している。食べないことが、いちばんの防衛策ということか。

 

<きょう・あす・あさっての見頃の草花>

 

6月27日、大安。ラベンダー開花(祖師谷)、スイレン開花(舎人)、インドハマユウ見頃(旧芝離宮)。

6月29日、チョウトンボ飛来確認(浜離宮)。

 

〔フォトタイム〕

 

東京ミッドタウンその3

東京ミッドタウンは、ガレリア、プラザ、ガーデンという3つのゾーンで構成されていますが、ここはプラザにあたります。



「いま、世界で最も価値あるインテリジェンス(情報)は何か」と問われたら、「金正日の健康状態」と、ためらわずに答えたい。世界のトップリーダーの健康は、それが正常でないとなれば、まちがいなくニュースだ。なかでも金正日がひときわ関心を集めているのは、もしかれの健康が再起不能なほどに悪化しているとすれば、それが国際政治にストレートに影響を与えるからにほかならない。いま主要な国の情報機関は、この最も価値あるインテリジェンスを求めて、深く静かに潜行して聞き耳をたてているはずだ。

 

金正日を評して、「北朝鮮でたったひとりの糖尿病」とヤユするむきもある。国民の食糧事情の悪化にもかかわらず、飽食三昧の生活をおくってきたことへの皮肉である(もちろん一般的にいえば、糖尿病は飽食三昧だけが原因ではないが)。金正日は、糖尿病のほかに腎臓、心臓などに疾患があるといわれ、最近は心臓のバイパス手術をうけたという情報が飛び交っていた。しかしながら、けさの産経新聞によれば、韓国の情報機関は、バイパス手術は受けていないと判断しているという。ドイツの医療チームが訪朝したのは事実のようだから、何か異変のあったニオイはするのだが、情報鎖国だから確認のしようもない。

 

金正日は2006年1月に訪中した際、北京の要人専用の病院で精密検査をうけたといわれている。病院、あるいは医師は、口が堅い。外国の医療関係者から金正日の病状、容態が漏れたことは、いまだかつて一度もない。当然といえば、当然だが、この口の堅さには、感心せざるを得ない。まあ、医師はムリとしても、その周辺あたりから、ぽろりと重要情報が漏れることは、あり得ないことではない。ということで、それぞれのインテリジェンス機関も、周辺を狙っているはず。なお、韓国の国会情報委員会は、北朝鮮のテレビが放映した金正日の現地指導写真には、健康上の異常は読み取れないとしているという。もっとも、その現地指導が、いつのものかは不明だが。

 

<きょう・あす・あさっての見頃の草花>

 

6月26日、ギンバイカ開花・ハマナスの花と実(武蔵野の森)。

6月27日、大安。ラベンダー開花(祖師谷)、スイレン開花(舎人)、インドハマユウ見頃(旧芝離宮)。

 

〔フォトタイム〕

 

東京ミッドタウンその2

東京ミッドタウンの住所は、港区赤坂9-7-1です。都営地下鉄大江戸線の六本木駅に直結しています。東京メトロ日比谷線の六本木駅とも地下通路で結ばれています。歩いて4、5分かかります。千代田線の乃木坂駅ですと、約3分。タウンには、竹林などもあって、さわやかな雰囲気になっています。



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