2007年02月

けさの産経新聞によれば、イエス・キリストと妻のものという石の骨壷が2月26日、アメリカで公開されたという。イエスが結婚していたというのは、映画「ダ・ヴィンチ・コード」が騒がれたときも話題になった。これはバチカンにとっては、決して許されないこと。また公開された骨壷は、1980年にエルサレム旧市街南部タルピオットで発掘されたものだという。これも定説を覆す。聖書によれば、イエスはエルサレム旧市街の聖墳墓教会の建つあたりに葬られ、3日後に復活したことになっている。

 

イエスには妻子がいて、墓もべつの場所とするドキュメンタリー映画「失われたイエスの墓」が3月4日、アメリカ国内のケーブルテレビで公開される。それに先立って石の骨壷が公開されたのである。このドキュメンタリー映画のプロデューサーは、映画「タイタニック」でアカデミー賞を受賞したジェームズ・キャメロン氏。もっとも、この大胆な説を信じる人たちは多くないと思う。実際、アメリカでも、バチカンより先に学術関係者が反発し、テキサス大学のある教授は、「これでは考古学ではなく、誇大広告だ」と批判した、と記事は伝えている。

 

映画「ダ・ヴィンチ・コード」騒ぎのときも思ったのだが、こういう説が浮上する背景には、マグダラのマリアへの強い関心がある。マグダラのマリアはかつて娼婦であったが、イエスと出会って聖女となった、と伝えられている。マグダラのマリアが、現代人にとっても魅力的なのは、絵画のおかげといえよう。わたしも、ティツィアーノ「悔悛のマグダラ」(フィレンツェ、ピッティ宮)など印象深い絵を何点か記憶している。

 

マグダラのマリアが、実在した女性であったのはたしかだと思う。イエスと結婚したかどうかは、わからないが、ペトロが彼女を嫌っていたのは事実かもしれない。ペトロはローマ・カトリッックの祖となる人。現在もなお、カトリックはマグダラのマリアを排除するが、そこには2000年に及ぶ長い因縁があるのだ。

 

岡田温司著『マグダラのマリア』(中公新書)には、ティツィアーノ「悔悛のマグダラ」を見た17世紀の詩人、ジョヴァンニ・マリーノが想像力を駆使して詠んだ詩を紹介している。その冒頭の一部を引用しておこう。

 

ティツィアーノのマッダレーナ

懇願と悔悛のそぶりを見せるこの女は、

人里離れた場所で、みずからを深く憂い、

若かりし華の年頃に犯した罪に、

痛ましくも美しく涙している。

主の信奉者にして、

愛(いと)しき侍女として歓迎された女の肖像。

かつては、狂った世界に迷い込んでいたが、

その後は、キリストにかくも愛された恋人。

さあ、ご覧なさい、キリストのために彼女がいかに嘆いているか。

そして、淡い4月の光が、その顔をいかに潤しているか、を。

はたまた、かつての心の重荷を下して、

謙虚でせつなげな様子で苦悶しているか、を。

垂れ下がる頭髪は、黄金の宝石となって、

アラバスターのような裸身に纏(まと)いつく。

その頭髪で結わえられていたのは、かつては他人、今は自分自身。

かつては世間と、今はキリストと結ばれている。そして、彼女は涙し、祈る。

 

マリーノの詩は、まだまだつづきます。まるでティツィアーノが描いた悔悛するマグダラのマリアを、生きている女性としてみつめているようですね。ティツィアーノのマグダラのマリアは、清純そのもの。清らかな表情で天をみつめていますが、豊満な胸ははだけたままに描かれています。

 

<きょう・あす・あさって>

 

2月28日、大安。

3月1日、ムラサキハナナ開花(旧岩崎邸庭園)。

 

〔フォトタイム〕

 

東京水辺ラインその4

2016年のオリンピックが東京に決まった場合、メーンスタジアムはここ晴海に建設される予定だそうです。昔、国際見本市があったところですね。三角形の高い塔はゴミ焼却場の煙突です。晴海など、都心の半径10キロ以内にサッカーのグループリーグ、およびセーリングを除くすべての競技が可能な施設、選手村、メディアセンターを配置します。世界一コンパクトな大会というわけです。青山先生によれば、オリンピック2回目を目指す、東京のコンセプトはロンドン同様、新しい都市像をみせるところにあるそうです。ほかに先端技術を駆使した大会、環境を最優先した大会、もてなしの精神にあふれ日本文化を堪能する大会などがコンセプトになっているとか。



いま手元に、成田国際空港株式会社が発行する隔月刊「グリーンポートレート」(February,2007)がある。世の中にゴマンとある広報誌のなかで、愛読しているもののひとつだ。外国へ行くときの、あのウキウキする楽しみの、真っ先のときめきは、成田空港へ着いたときに始まる。昨年6月に第1旅客ターミナルが大改修工事を終えて、ずいぶんよくなった。なにも飛行機に乗らなくとも、空港内をブラブラするだけでも面白い。実際、「銀ブラ」ならぬ、「成ブラ」の人々が増えているようだ。

 

たしかに空港内には、あちこちに見るべきところがある。たとえばアート。こんなところに、こんなものがあったのかと、発見して歩くのも面白い。ただ、きょうの話は、「成ブラ」では行けないところが中心なので、その点はご了解のほどを。

 

さて、「グリーンポートレート」によれば、こんどは第2旅客ターミナルもリニューアルするという。嬉しい話じゃありませんか。出発ロビーの改修、チェックインカウンターの一新、航空会社ラウンジの新設などで、そのなかの目玉は免税ブランドモール「ナリタ5番街」。リニューアルの工事がすべて完了するのは、2008年の初夏だが、「ナリタ5番街」はことしの4月9日にはオープンする。

 

ご存じのように、第1旅客ターミナルには、免税ブランドモール「narita nakamise」が営業している。こちらは、手すき和紙を使用した照明器具や木の格子をイメージした飾り壁など「和」の雰囲気。一方、「ナリタ5番街」は、「洋」のイメージを出すとか。デザインコンセプトは、TIMELESS MODERN。どういう意味なんでしょうか。いつまでも変わらない、時代や民族、国にかかわりのない、といったことであろうか。広報誌の載っているイメージ図を紹介しておこう(最初は出発ロビーで、つぎは有名ブランドの出店)。





第2旅客ターミナルの「ナリタ5番街」は、本館3階の出国審査場を出たエリア一帯にひろがる。中央部に新設される免税ブランドモールと、出発コンコースにある既存の総合免税店などから成る一大ショッピングゾーン。新設エリアには、世界の名だたるブランドブティック8店舗、専門免税店(化粧品・香水、たばこ・酒の2店)、「AKIHABARA」の合わせて11店舗が並ぶ。ブランド店舗では、グッチとバーバリーが国内空港初の免税店の出店となるとか。

 

ほかにインターネットサービス「Yahoo! Café」とか、リフレッシュサロン「ラフィネ」、授乳室を備えた「キッズルーム」などもある。これくらい充実してくると、早く成田に着いても、早く出国手続きを済ませても、退屈することもなくなりそうだ。トランジットの人たちにとっても、ナリタは第1、第2双方のターミナルともに楽しいハブ空港となるにちがいない。

 

第1旅客ターミナルには全日空、第2旅客ターミナルには日本航空が陣取る。このところ全日空に押されっ放しの日航だが、本拠地ターミナルのリニューアルを契機に巻き返しに転じて貰いたい。

 

<きょう・あす・あさって>

 

2月27日、マンサク・コブシ開花(日比谷公園)。

2月28日、大安。

3月1日、ムラサキハナナ開花(旧岩崎邸庭園)。

 

〔フォトタイム〕

 

東京水辺ラインその3

現在、シーサイドの高層マンションは大変な人気です。しかし、青山先生によれば、開発当初は、こんなところに住む人がいるのか、といった声が聞かれたそうです。



 

きのうのブログで、24日に東京水辺(みずべ)ラインの両国発着場から乗船し、船上のデッキで寒風に震えながら写真を撮ってきたと書きました。あの程度で、ネを上げているのが、恥ずかしくなるような記事をいま読んだところです。

 

けさの産経新聞によれば、2月25日午前9時ごろ、海上保安庁の巡視艇が相模湾沖の海上でサーフボードにうつぶせにしがみついて漂流している会社員の女性(39)を発見し、救助したという。女性は友人らとサーフィンに来ていて、24日午後4時ごろ、鵠沼海岸沖の海上で強風と高波のために流されたらしい。友人の男性が救助に向かったが断念、海上保安部などが捜索にあたっていた。

 

女性サーファーは、16時間も漂流し、約35キロも流されていました。さいわいケガはないとのこと。しかし、体力の消耗は激しく藤沢市内の病院に搬送されたと、記事は伝えています。

 

あの日、わたしも隅田川にいたわけですが、ときどき強い風が吹いて、思わずよろけてしまったことが何度もありました。強風で波が高いときは、サーフィンはやめて海から上がるべきでした。そういう意味で、今回の遭難は彼女の自己責任(リーダー格の男性も含めて)だとは思いますが、それはそれとして、ひと晩よく頑張ったと思います。

 

遭難の記録からいえば、今回のケースは救援が期待できるので、まだ救いがあります。これ以上の事例は過去にたくさんあることは承知していますが、当事者のことを想うと、やっぱりたいへんだったと、想像するだけで身震いするほどの恐怖を覚えます。

 

考えても下さい。荒波の大海原に、たったひとり、取り残されたのです。頼りになるのは、板1枚だけ。流されたのが夕暮れどき。だんだんと、あたりは暗くなっていきます。暗くなるということは、発見が困難になるということです。喉の渇き、空腹、睡魔。そのうちで最も怖いのが睡魔です。女性はサーフボードにうつぶせにしがみついていましたから、あるいは、眠ったときもあったかもしれません。そういうときがあったとしても、無意識のうちにしがみついていたはずです。とにかく、ボードから手が離れたら、もう命はないのです。女性がひたすら思ったのは、朝が来るのを待とう、という一念だったのではないでしょうか。必ず、助けに来てくれる、視界がひらける朝まで頑張ろう、と。

 

危機に陥ったとき、必ずだれかが助けに来てくれる、ということほど、うれしいことはないと思います。こういう海難の場合、大掛かりな救援活動ができるのは、海上保安部といった国のシステムですね。国の大切な任務というのは、やはり国民の生命、自由、財産を守ることにつきると思います。

 

<きょう・あす・あさって>

 

2月27日、マンサク・コブシ開花(日比谷公園)。

2月28日、大安。

 

〔フォトタイム〕

 

東京水辺ラインその2

東京水辺ラインの発着場は16か所にあります。両国のほかに浜町(はまちょう)、パレットタウン、神谷(かみや)、浜離宮、越中島(えっちゅうじま)、東京ビッグサイト、荒川遊園、お台場海浜公園、明石町・聖路加ガーデン前、平井、千住(せんじゅ)、葛西臨海公園、船の科学館、小豆沢(あずさわ)、桜橋です。どこからでも乗船できます。船上のデッキからみる東京の景観はすばらしいですね。下段の写真は清洲橋をくぐるところです。



2月24日は快晴でした。両国へ出かける予定があったので、天気が心配だったのですが、窓をあけると青空じゃありませんか。うれしかったですね。国技館の前に午後零時45分に集合することになっています。せっかく両国へ行くのですから、昼食はちゃんこ鍋ですよね。そうすると、両国の駅に正午くらいに着くのがいい。そういう計算で家を出ました。

 

電車に乗ったら、「強風のため安全運転をしますので、電車は遅れています」とアナウンサがありました。風があるとは感じなかったので、えっ、強風? きょうは、それだけはノーサンキューなのです。

 

予定通りちゃんこ鍋をたべて満足して国技館前へ行くと、太鼓が並んでいました。相撲に太鼓はつきものですが、これはなんだろうと思っていると、ハッピ姿の若い男女が登場して勇ましいバチさばきを披露してくれました。看板をみると、国技館で太鼓のコンサートがひらかれているので、そのデモンストレーションとわかりました。しばらく立ち止まっていたのですが、時計をみると午後零時43分。集合時間まで、あと2分しかない。









 

「で、あなたは、どこへ行こうとしているのですか?」と、聞かれそうですが、目の前の国技館ではありません。大通りのむこう側に東京水辺ライン(Tokyo Mizube Cruising Linne)の両国発着場があります。そこが目的地。この日は、東京都公園協会主催の東京水辺ラインの船上セミナーがあって、それに参加するために両国へやってきたというわけです。

 

講師は、明治大学大学院の青山やすし教授。元東京都副知事ですね。昭和18年(1943年)生まれ。中央大学法学部卒。同42年(1967年)に都庁へ入り、高齢福祉部長、計画部長、政策報道室理事などを経て、石原慎太郎知事のもとで平成11年(1999年)から15年(2003年)まで副知事をつとめました。「郷仙太郎」というペンネームで都庁時代から作家活動もつづけています。その青山先生から、東京のまちづくりやオリンピックの話を聞きながら、水上バスのクルーズを楽しもうというセミナーです。

 

青山先生は、実際に東京の青写真づくりにたずさわった人なので、勉強になりました。たとえば、なぜ隅田川の悪臭がなくなったのか、ということに関して、それは下水が普及したからだと説明していました。そんことは常識、という声もあるでしょうが、わたしには新鮮な話がいくつもありました。

 

船上セミナーの写真を当欄の「フォトタイム」に予定していたので、当日、雨が降ったら、お手上げです。それで快晴を願っていましたし、最初から上部デッキにあがって、写真をとるつもりでしたから、強風が気になったのです。船内の講師の話は、デッキにもスピーカーがあって聞こえますので、最初から最後まで吹きさらしの船上にいたのですが、寒かったですね。後半のほうは、手がかじかんで、シャッターを押せない、なんてこともありました。それでは、きょうから7回、「フォトタイム」で東京水辺ラインをごらん下さい。時折、青山先生のお話も紹介しましょう。

 

<きょう・あす・あさって>

 

2月25日、アカデミー賞発表、白梅見頃(木場公園)。

2月27日、マンサク・コブシ開花(日比谷公園)。

 

〔フォトタイム〕

 

東京水辺ラインその1

東京水辺ラインは、天候、潮位などによって欠航やコースの変更があります。時刻表も夏季(4月~10月)と冬季(11月~3月)ではちがいます。月曜日は運休(祝・祭日の場合は翌日)となります。問い合わせは03-5608-8869(午前9時~午後5時、運休のときは休み)へ。水上バスは両国を出航して、まず越中島の方向へ向かいます。



 

けさ、つけっ放しのテレビを何気なく見ていたら、きびしい顔をした作家の川内康範さんがブラウン管に映っていた。雑誌編集者時代には何度もお目にかかっているので、懐かしくも訝(いぶか)りながら、そのままテレビを見続けた。川内さんが作詞した、あの有名な「おふくろさん」を森進一が歌詞を変えて歌っているという。川内さんは立腹していた。注意しても、耳をかさず、話し合いの日もキャンセルとあっては、怒るのも当然と思った。

 

川内さんは、こういう不誠実な態度をもっとも嫌悪する人だ。森進一の対応の仕方はもちろん下手だが、ここまでこじらせた責任は森事務所のマネジャーにある、と思った。どうしてヘマをしたのか、こういうことにならないために、マネジャーは存在するのだと、森進一の歌も嫌いじゃないので、いささかカリカリした。

 

もう10数年前にもなるが、川内さんが来社された。雑談のなかで、「『おふくろさん』は好きな歌です。ほんの一節でいいですから、歌詞を書いていただけませんか」と所望した。そのとき、ノートをもっていたので、そこに書いてもらうつもりで軽い気持ちでいったのだが、「いいですよ。あとで届けます」とおっしゃって、実際、数日後にお使いの人がもってきた。伊東屋の原稿用紙に書いて、額に入れてあった。

 

「為大島信三慈兄

おふくろさん

作詞・川内康範

 

おふくろさんよ おふくろさん

空を見上げりゃ 空にある

 

(以下、略)」

 

ほんとうは、ぜんぶを書き写したいところだが、著作権を侵害することになるので、ここまでにしておく。いま、飾ってある額をはずして、テーブルのうえにおいて、じっとみているところだ。ご存じのように、「あなたの あなたの真実 忘れはしない」と繰り返す、「おふくろさん」は、何度、口ずさんでも、じつに、いい歌詞だと思う。

 

<きょう・あす・あさって>

 

2月24日、ウメ開花(小金井公園)、サンシュユ開花(桜ヶ丘公園)。

2月25日、アカデミー賞発表、白梅見頃(木場公園)。

 

〔フォトタイム〕

 

国立新美術館その14

これから、ここで、どんな展覧会がひらかれていくのか。楽しみですね。所蔵作品をもたない美術館ですから、毎回、独自の企画展をひらくようなものです。日々の観覧者数という厳然たるデータが出ますので、単なる親方日の丸の「貸し館」ではなく、営業的な感覚をもって年間スケジュールを組んでいくことになります。独立行政法人となって5年。国立美術館を訪れるたびに、これまでにない工夫というか、やる気を感じています。新美術館の前途に注目しましょう(今回は、14回という長さになりました。写真を撮る機会がこのところなくて、ついつい回数を多くしてしまいました。あすからは、べつのところを従来通りの回数で掲載します)。



 

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