2007年01月

けさの産経新聞の「主張」(他紙の社説に相当)は、東京高裁のNHK訴訟判決をとりあげていますが、その見出しは、<「期待権」判断はおかしい>となっています。1面のコラム「産経抄」も、<こんな権利がまかり通ったら、報道の自由もへったくれもない>と指弾しています。同感ですね。きのうもふれましたが、やっぱり、これは要注意の認定ですよ。

 

東京高裁の判断が条件つきであることはわかっているけれど、判例というものは、ひとつの重みをもってきますから、あなどれません。さいわい、まだ最高裁があります。確定された判決ではありませんので、もっとメディアは踏み込んで論議すべきだと思います。これはメディアだけの問題じゃないんですね。「期待権」というのは、拡大解釈すれば、いかようにも利用できます。たとえば、選挙で議席を得た政治家を訴えることだってできます。

 

まあ、以下は、ブラックユーモアとして読んでいただきたいのですが、戯(たわむ)れに「期待権」を拡大解釈してみました。

 

とりあえず国会議員を標的にしましょう。国政選挙の候補者の公約というのは、じつに素晴らしいですね。そこには、バラ色のニッポンが溢れかえっています。国会議員全員の、すべての公約のせめて30%でも実現していれば、日本はどんなにステキな国家なっていたことかと、ため息がでるばかりです。実際は、有権者の期待など、多くは裏切られていますよね。

 

それでもまあ、与党議員は、すこしばかりは期待に応えてくれることが、あります。問題は、野党議員ですよね。政治というのは、政権党でないと、政策を実現することが困難なシステムになっています。選挙の公約を果たす、権限がないのですから、「期待権」違反は明白です。立法府にいらっしゃる国会議員の皆さん、こんな拡大解釈も可能な「期待権」は他人事ではありませんよ。

 

いや、国会議員だけじゃございません。世の亭主族の皆さん、ある日突然、「期待権」違反で離婚させられたうえ、多額の慰謝料をむしりとられるかもしれないのですゾ。

 

<きょう・あす・あさって>

 

1月31日、ウメ開花(旧古河庭園)。

2月1日、ウメ見頃(清澄庭園)。

2月2日、オウバイ・ウメ開花(葛西臨海公園)。

 

〔フォトタイム〕

 

夜の銀座界隈その4

銀座4丁目交差点の日産銀座ギャラリーと三愛ドリームセンターです。三愛のビルは、法隆寺の五重塔からヒントを得たそうですね。



 

ちょうど2年前のいま頃は、朝日新聞とNHKの虚像同士、いや失礼、間違いました、巨像同士のはなばなしい取っ組み合いの真っ最中でした。朝日が1面で、「NHK『慰安婦』番組内容改変」、「中川昭・安倍氏『内容偏り』」、「前日、幹部呼び指摘」と大々的に報じたのは、平成17年(2005)1月12日付の朝刊でした。第2社会面には、こんな解説が載っていました。

 

<政権政党の有力衆院議員が放送前日にNHKの放送責任者に対して番組内容についての意見を伝え、内容の変更を求めていたことが明らかになった。

NHK側の幹部の1人は「圧力と感じた」としており、この行為は、放送の自律を定めた放送法の精神に背くと言わざるを得ない>

 

ところが、この解説記事で有力衆院議員となっている中川昭一、安倍晋三両氏は、「圧力などかけた覚えはない」と否定。朝日記者の取材をうけ、NHK幹部として「圧力と感じた」というコメントが載った松尾武・元放送総局長も名乗りでて、「そんなことは発言していない」とやはり否定しました。そこでたいへんな騒ぎになったことは、周知のとおりです。

 

政治家の圧力はあったのか、それともなかったのか。答えは1つしかありません。どっちかが、ウソをついていることになりますね。言論機関が、ウソをついたとなれば、ただごとではありませんから、双方とも必死だったと思います。判定は、裁判で決着をつけるしかありません。

 

この番組の取材に協力した女性団体などが、番組が改変されて期待権を侵害されたとしてNHKや制作会社に計約4000万円の損害を求めた訴訟を起こしていました。すでに1審の東京地裁は、期待権というものを認めて、孫請けの制作会社だけに100万円の支払いを命じ、法廷は2審に移っていました。

 

きのう、その控訴審判決が東京高裁であり、1審判決を取り消し、NHKと系列制作会社、孫請けの制作会社に計200万円の支払いを命じました。「判決は不当であり、きわめて遺憾」とNHKは、即日、上告しました。「編集の権限を乱用した」とか、「国会議員らの意図を忖度(そんたく)した」とか、一方的に断じた判決は、とうてい承服できない、というわけです。

 

この裁判ではじめて示された期待権というのは、産経新聞によれば、「一般的には、将来一定の事実が発生すれば、法律上の利益を受けられる期待をもつことができる権利」ということだそうです。しかし、これはメディアにとっては、要注意の認定だと思います。どこで、どう取材した人から期待権を求められるか、わかりません。それが、結果として報道をゆがめることになるかもしれません。

 

さて、政治家の圧力について、東京高裁の判断はどうだったのでしょうか。「なかった」というのが、裁判所の判定でした。とすれば、冒頭に引用した解説も含め、一連の朝日の記事は、誤報ということになりますね。きょうの朝日によれば、安倍首相は、「間違ったことを間違ったと認めるのが、私は報道機関ではないかなと思います」と朝日を批判したそうです。朝日の対応を見守りたいと思います。

 

<きょう・あす・あさって>

 

1月30日、大安。クリスマスローズ見頃(武蔵野中央公園)。

1月31日、ウメ開花(旧古河庭園)。

2月1日、ウメ見頃(清澄庭園)。

 

〔フォトタイム〕

 

夜の銀座界隈その3

銀座4丁目角の三越のほうですね。垂れ幕に書かれている日付が2月になっていますが、これは昨年2月に撮ったからです。去年の写真でゴメンナサイ。でも、風景はほとんどいまも変わりありません。

 

きょうも団塊の世代に関する話です。昨日、コメントを寄せてくれましたinkyo さんは、2年前に定年を迎えましたが、定年後の処世術としてつぎの8か条をご自分のブログに載せています。なるほど、と思うことばかりです。そこでinkyoさんの了解を得ましたので、以下に紹介したいと思います。

 

    奥様方は、その日の来ることを、戦々恐々として待っている。

    定年後、奥様とゆっくり旅行などして過ごそうと思うな。

    24時間、家のなかにいられることを、もっとも嫌っている。

    定年になってから、ハローワークに行って職探しを、などと思うな。

    現役時代に取得した資格など、ほとんど役に立たないと覚悟すべき。

⑥家庭内のことに口出しするな。

⑦炊事、洗濯など家事全般、奥様がするのは当然と思うな。

⑧夫の現役時代に妻がつくりあげた、付き合いに口出しするな。

 

「まだ挙げればきりがないが、要するに定年後、今まで通りの生活ができるよう、つぎの職場探しを今から心がける努力をすべき」「定年が近くなったからといって、急に妻にすり寄っても手遅れ」と、inkyoさんはアドバイスしています。

 

このinkyoさんの8か条は、実体験によるものだそうです。そこでハタと思いついたのですが、皆さんから実感的、体験的処世術を募って集大成すれば、さらに詳しいハウツウを提供できるのではないでしょうか。というわけで、皆さん、定年後の処世術、教えてくれませんか。「隗(かい)より始めよ」といいますから、わたしも追加しておきましょう。

 

⑨一畳でもよいから、家のなかに自分だけの居場所を確保せよ。

⑩街の図書館、公園、書店、公民館など家の外に、定番の自分の外出先をみつけよ。

⑪奥様の食べ歩き、趣味などには一切ふれるな。

⑫奥様の愚痴を音楽を聴くごとくに、聞き上手になれ。

 

<きょう・あす・あさって>

 

1月29日、ウメ・カンツバキ開花(日比谷公園)。

1月30日、大安。クリスマスローズ見頃(武蔵野中央公園)。

1月31日、ウメ開花(旧古河庭園)。

 

〔フォトタイム〕

 

夜の銀座界隈その2

ご存じ銀座4丁目交差点の和光です。時計塔のある建物は昭和7年(1932年)の建築とか。銀座のランドマークであり、世界的な名所になっていますね。



 

昨日は、地方の活性化を取り上げました。わたしも新潟県の農村の出身ですので、よそごとではありません。地方が元気を取り戻すには、どうしたらよいのか。昔から論議されてきたテーマですけれど、決定打がみつかりません。昨日、コメント欄につぎのようなことを書きました。

 

<地方の活性化のひとつとして、地方出身の団塊の世代の帰農に注目しています。たしかに希望者はすくないのですが、やはり奥さんが躊躇しているケースが多いようですね。奥さんはすでにがっちりと地域のネットワークを構築しているんですね。団塊世代の帰郷を促進する妙案はないでしょうか>

 

朝日新聞(1月8日付朝刊)によれば、総人口の5・3%を占める約680万人の団塊世代の約半分は3大都市圏に居住しているそうです(東京圏27%、大阪圏15%、中京圏9%)。団塊世代を含む5559歳の平均貯蓄残高は1843万円(総務省調べ)。団塊世代の退職金は50兆円前後といわれていますから、けっこうリッチなんですね。この世代が、3大都市圏以外のところへ移住してくれれば、地方も助かるのですが、なかなかそうもいかないようです。

 

実際には、団塊世代の男性のかなりの数が、地方への移住を希望しているといわれています。奥さんの同意が得られれば、もっと帰農も活発化するのです。農業といえば、身構える人も多いと思います。家庭菜園から入ってもいいのです。

 

奥さんに反対されても、農村生活に入った人もいます。産経新聞(1月24日付)に福島県の二本松市に就農した元サラリーマン(62)が紹介されていました。その人の場合も、奥さんと子どもは都内の自宅に残りました。年金の半分は妻子に送金していますが、「2年目に30万円になった」という農業の実収入を加えて不自由のない生活をしているとか。ただ、東京に帰る交通費がなかなか捻出できないのが、目下の悩みと記事にはありました。

 

都会育ちの奥さんでも、すっと溶け込めるような環境づくりを地方のほうでも考えてみてくれませんか。なにも奥さんたちが農業をする必要はないのです。自然の素晴らしさ、新鮮な野菜、そして楽しいコミュニティーの場、特技や趣味を活かせるサークルなどがあれば、奥さん族の心も動くかもしれません。

 

<きょう・あす・あさって>

 

1月28日、ツバキ開花(武蔵野中央公園)。

1月29日、ウメ・カンツバキ開花(日比谷公園)。

1月30日、大安。クリスマスローズ見頃(武蔵野中央公園)。

 

〔フォトタイム〕

 

夜の銀座界隈その1

銀座6丁目のほうから松坂屋周辺を撮りました。たまには、夜の風景もご覧下さい(農村へ行って下さいと頼みながら、大都会の夜景とはいささかピントはずれですけれど、お許しを)。



 

1月26日、安倍晋三首相は就任後、初の施政方針演説をおこないました。某紙のけさの社説は、安倍首相が、政治とカネをめぐる一連の不祥事に触れていないと憤慨していました。国民の政治不信を取り除くために、首相の決意表明はたしかに大切ではあります。ただ、そのことのみにグダグダと社説の3分の2以上を費やすというのは、いかがなものでしょう。国民生活に直結する、大きな課題がたくさん語られているのです。安倍さんをやっつけたい気持ちはわかるけれど、もっとほかの項目に踏み込んだ論評を読者は知りたいはずです。

 

安倍首相の演説には、「成長力強化」、「チャンスにあふれ、何度でもチャレンジが可能な社会の構築」、「魅力ある地方の創出」、「国と地方の行財政改革の推進」、「教育再生」、「健全で安心できる社会の実現」、「主張する外交」といったことが語られていました。どれも、重要な問題ですが、そのなかからひとつ、「魅力ある地方の創出」をとりあげてみたいと思います。安倍首相は、こう述べています(以下、産経新聞より)。

 

「地方の活力なくして、国の活力はありません。私は、国が地方のやることを考え、押し付けるという、戦後続いてきたやり方は、もはや捨て去るべきだと考えます。

地方のやる気、知恵と工夫を引き出すには、地域に住む方のニーズを一番よく分かっている地方が自ら考え、実行することのできる体制づくりが必要です」

 

同感ですね。私は、昔、「廃藩置県」ならぬ「廃県置藩」を提唱する論文を書いたことがあります。江戸時代は三百以上の藩があって、それぞれ自立するために懸命な努力をしていました。藩校をつくって子弟の教育レベルを高めたり、産業の振興につとめたりしていました。「廃県置藩」論の趣旨は、江戸期の藩制度のいいところを学んで、地方の自立をうながすものでした。

 

以前、劇団四季の浅利慶太代表に聞いた話ですが、地方公演では、旧城下町と旧天領のところでは、観客の入りがちがうというのです。もちろん、入りがいいのは、旧城下町のほうです。経済的にも、文化的にも、藩のほうが活性化というものに敏感で、そのDNAが、いまもなお残っているのでしょう。

 

安倍首相は、やる気のある町として、広島県熊野町の毛筆づくりを施政方針演説で紹介しました。熊野町で、国産の筆の約8割が生産されています。筆といえば、書道用とか、絵画用が浮んできますが、いま需要が伸びているのは化粧用です。とくに高級化粧筆は、アメリカの映画女優のメイクにも使われているとのこと。安倍首相のいうように、中央政府に頼ることなく、おのおの地方が江戸期の藩のような気構えをもって知恵と工夫を出し合い、それぞれの市町村を活性化してほしいものです。

 

<きょう・あす・あさって>

 

1月27日、ロウバイ開花(善福寺公園)。

1月28日、ツバキ開花(武蔵野中央公園)。

1月29日、ウメ・カンツバキ開花(日比谷公園)。

 

〔フォトタイム〕

 

上野東照宮その6

拝殿のほうからみた唐門です。表からみた唐門とはまた、おもむきがちがいますね。



 

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