2006年12月

あっという間の1年である。おいおい、もうすこしゆっくりしてくれないかと、自転する地球にモノ申したいほどだ。けれども、じっと瞑目して振り返れば、やっぱり1年は長かったようにも思う。1日1日はゆったりと流れているのであり、そこにあるがままに身をゆだねていれば、けっこう余裕のある日々がゆらゆらと過ごせるのである。

 

大学時代、哲学の先生が、「人類に進歩はない」といった。どういう文脈のなかで話したのか、それが思い出せない。したがって、この文言だけで教授が語ろうとした真意を解釈するのは危険だけれど、なんとなく、このことばが当てっているようにも思えてならない。縄文時代と比較すれば、現代社会は格段の進歩を遂げているはずなのに、その進歩に現代人は振り回されている。われわれは、人間をあくせくさせるものを、進歩とよぶべきはない、という気もするのだ。

 

電車のなかで、はすむかいに座っていたOLふうの女性のケータイがなった。彼女は、車内を気にしながらも、電話に応対していた。突然、「電話をやめろ!」と、近くの中年男性が叫んだ。ケータイの話し声よりも、男の突拍子もない大声に車内はこわばった。このとき、ケータイは、文明の利器などではなく、単なるトラブル発生装置にすぎないのだ。他の乗客はOLよりも、正義感ぶった男に苛立った。

 

ケータイの相手は、時も場所も問わず、不意に侵入してくる。こういうときは、いま電車に乗っていることをつげて、緊急の用なら、「つぎの駅で降りて、掛け直します」と答えればいいのだが、電話の相手が上司とか、目上の人であった場合、それが咄嗟にでてこない。電車のなかとは知らない相手は、しゃべりまくってとどまらない。可哀想にOLもこれに近い状況のようであった。

 

やれ電源をきれとか、マナーモードにしなさいとか、電車に乗るたびに車掌さんは注意してくれる。毎日、それを聞いていると、人は不感症になって、いちいちケータイを操作するようなことはしなくなる。ケータイなしの人生は、考えられないような生活をおくる人々は増えるばかり。来年は、ケータイとの付き合い方を考えてみてはいかがだろう。では、よい年を。

 

〔フォトタイム〕

 

東京駅その6

まだ日本橋口がいまのように新しくなる前ですが、たまたま通りかかりましたら、皇太子ご夫妻が日本橋口の広場からお車に乗られるところでした。追っかけの(というのでしょうか)女性方がたくさん待機していました。こんど東京駅に降りたときは、ちょっと日本橋口ものぞいて下さい。



 

歳末で多忙な方には申し訳ないのですが、もう冬休みに入った人たちのほうが多いでしょうから、カジノの話をしてみたいと思います。外国へ行ったとき、たまにですが、カジノをのぞくことがあります。とはいっても、わたしの場合はプレイヤーではなく、見物する人(ですから、ほんとはカジノを語る資格などないのですが)。

 

国によってちがいますけれど、中へ入るときに厳しくチェックされるところもあります。ポーランドのワルシャワでは、入場のOKが出るまでパスポートのチェックやらなにやら、受付で5、6分くらい待たされました。要するに、とてもカジノで遊ぶような風采にはみえなかった、ということでしょう。

 

目的はルーレットの見物です。スマートな遊び人間の皆さんからは軽蔑されそうですが、一度もゲームに参加したことがないのです。見ているだけという、いたって安上がりの偽ギャンブラー。1ドルくらいから賭けることはできますし、ルールもかんたんなので、参加すること自体は、だれにも、すぐにできます。しかし、どうせゲームに加わっても、ものの数分で終わってしまうのですから、金のない人間はやっちゃいけません。

 

最初からルーレット台のそばで見物しているわけではありません。入場料代わりというわけでもありませんけれど、スロットですこしばかりお金を使うことにしています。カジノに入ったからには、いくばくかのお金を使うのが、客としての礼儀だと思っていますので。

 

ルーレットには1番から36番までと、0番のスポットがあります(アメリカなどは00番もあります)。スポットには赤、あるいは黒の色が塗られています。着飾った男性ディラー、もしくは美人のディラーがあざやかな手つきで円盤にボールを放り込みます。ボールはくるくると回転し、いずれかのスポットで止まります。その止まったところを当てるという、じつに単純なゲームですね。

 

もっとも、実際は番号そのものを当てるほかに、赤か黒か、偶数か、奇数か、ま、いろいろあって、それぞれに倍率がちがう。ディラーはそれぞれのチップを素早く計算しながらゲームを進めていきます。

 

さて、見物人のわたしは、なにを見物しているかといえば、おのおののギャンブラーの性格です。チビリ、チビリ小銭を賭けていく人もいれば、一気に100万円くらいをかけて、あっという間にスッカラカンになる人といったぐあいに、さまざまな人間模様が演じられるわけです。

 

それに文豪にしてギャンブラーのドストエフスキーも書いていますが、ボールの止まるところが、不思議にみえてくるように思えるときがあるのです。手帳に1回1回、番号を記入している血液型A型らしい人がたまにいます。日によって、ある確率で、ひとつパターンが決まるときがあるかもしれず、それを予測しようとしているわけです。0が10回のうち、2度つづいたことがありました。ドストエフシキーの小説に、0はディラーのものというような記述があったように記憶していたので、これはすごい、と思ったものです。現場でみているかぎり、ルーレットでのいかさまは不可能と思いました。

 

〔フォトタイム〕

 

東京駅その5

東京駅といえば、旧様式の丸の内口と新様式の八重洲口の2つしか知らない人もいますが、新装なった日本橋口を忘れないで下さい。東京駅の表情が、日本橋口の変身でさらに豊かになりました。



 

 

あすは、東京証券取引所の大納会ですね。恒例の手締めをおこなうのは、宇宙飛行士の毛利衛さん。東証を舞台に、ことしはいろいろありました。証券界も、さいごは日興の不正な利益水増し問題でテンヤワンヤでした。モヤモヤを一気に払う力強い手締めをお願いしたいもの。

 

それにしても、日興コーディアルグループよ。おたくは証券界の大手じゃございませんか。金子昌資会長と有村純一社長は責任をとって辞任するようだが、これで幕がおりるわけでもあるまい。東証は、徹底的に調べて投資家の信頼を取り戻してほしい。

 

日興のトップ交代というニュースが流れる前に、ニューヨークから米証券界のトップに関するニュースが伝わってきた。朝日新聞1221日付の夕刊によれば、米証券大手ゴールドマン・サックスのロイド・ブランクファイン最高経営責任者(CEO)のことしのボーナスが約5300万ドルになったという。日本円にすれば、なんと約63億円。ウォール街でも史上最高額だという。日米証券界トップの2つのニュースには、哀しいほどの雲泥の差がある。

 

〔フォトタイム〕

 

東京駅その4

東京駅丸の内口の、この天井の高いロビーで、ときたま音楽会などのイベントがひらかれます。外へ出れば、すぐ近くに丸ビルがあります。



 

ふたたびダイアナさんの話だが、離婚したあとの彼女の呼称をご存じだろうか。正解は、ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ。わたしは、旧姓に戻ったほうがよかったように思う。旧姓なら、レディ・ダイアナ・フランシス・スペンサー。

 

1997年8月31日、ダイアナさん(36歳)は恋人のエジプト人富豪、ドディ・アルファイド(41歳)とパリの高級レストランで食事した。そのときのメニューを週刊朝日(同年9月19日号)が取材し、掲載している(同年9月19日号)。

 

それによると、「舌平目のバターソテー、キノコとアスパラガスのスクランブルエッグ」のたった2品であったという。舌平目は、このレストランでいちばんカロリーが低いメニューとか。週刊朝日の記者がパリに飛び、実際に試食し、つぎのような感想を書いている。

 

「卵は思ったより工夫のない味だし、舌平目も塩気が強すぎて、値段に見合う味とは、とうていいえなかったが、風雅な雰囲気は満喫した」

 

ダイアナさんは、ダイエットに苦労していたのだろう。カレはそのとき、約2500万円相当の梅干ほどの大きなダイヤの指輪を贈ったという。その指輪は、いまどこにあるのだろう。

 

〔フォトタイム〕

 

東京駅その3

東京駅は、ご存じのようにルネッサンス様式の左右対称の構成になっています。辰野金吾と葛西万司の設計ですね。現在、1日の発着列車数は約4000本で日本一だそうです。



 

録画していたテレビ東京の「徳光の時空タイムス――世界が愛したダイアナ」(1218日放映)をみた。ダイアナ妃は日本に3度、来日し、多くの日本人と接した。昭和61年(1986年)5月10日、プレスレセプションにメディア関係者55人ほどが招かれたとき、わたしも迎賓館でチャールズ皇太子ご夫妻と握手する光栄に浴した。

 

フジサンケイ ビジネスアイ(1218日付)にダイアナさんの長男、英国のウィリアム王子の記事が出ていた。母親の葬儀のときは、まだ少年だったウィリアム王子はもう24歳だという。ケイト・ミドルトンさんという同い年の恋人がいるという。おふたりはもう4年越しの交際とか。いずれ結婚するようだ。両親の不幸な結婚をみているので、堅実な家庭をつくるにちがいない。

 

ダイアナさんの交通事故死については、さまざまな臆測が乱れ飛んでいた。先日、事故死が確認されて、この問題も終止符がうたれた。以前、ダイアナ妃が住んでいたケンジントン宮殿前まで行ったことがある。亡くなってから4年近く経っていたのに、門のところに花束がいくつかおかれていた。宮殿のあるところは、ケンジントンガーデンズと呼ばれる広い公園。そのなかにあるレストランでアフターヌーン・ティーをいただいたが、なかなかおいしかった。

 

〔フォトタイム〕

 

東京駅その2

東京駅の、いってみればこれが表札です。東京駅丸の内口の表玄関を背にして立てば、その先に皇居があります。東京駅が開業したのは、大正3年(1924年)1218日でした。現在、1日の平均乗降客数は約105万人だそうです。



 

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