2006年10月

  『正論』12月号は、あす発売されます。盛りだくさんの内容ですが、そのなかから巻頭のエッセー特集の話をひとつ。今回のテーマは「食欲の秋」。たべものの話は、いつ読んでもたのしいですね。7人の執筆者の味のある随筆のなかから、トップで登場する元NHKアナウンサーの下重暁子さんの文章をすこし紹介しましょう。

 

ご存じのように下重さんは本業の作家のほかに、日本自転車振興会会長という肩書きをもっています。「やせの大食い」と自称する下重さん、会長職もあってのことでしょうが、毎晩のようにだれかと食事しているそうです。そのつど、デザートに至るまで、きっちりと食べ、「全く残した記憶がない」というから、なかなかの健啖家ですね。下重さんは本誌への寄稿で、じつは自転車に乗れない、と白状しています(こどものころ、ドブに落ちて以来のトラウマとか)。

 

日本自転車振興会の会長さんが、自転車に乗れない! なんだか、おかしくなる話ですけれど、下重さん、乗れなくても、全然、構わないですよね。同じような例はいくらでもあります。たとえば、直接、ご本人から聞いたのでまちがいありませんけれど、ハワイのパールハーバーに本拠地をおくアメリカ海軍太平洋艦隊の前司令官、ウォルター・ドーラン大将は、泳げなかったのです。一般大学出身のドーラン大将は、海軍に入るまで海をみたことがなかったそうです。それでも190隻以上の艦艇と潜水艦、1400機の航空機、191000の海軍軍人と海兵隊員、および3万人の民間人を擁する世界最大の連合艦隊のトップになれたのです。

 

ちなみに、現在のアメリカ海軍太平洋艦隊司令官、ゲリー・ラフェッド大将はアナポリス(米海軍兵学校)の出身です。当然、水泳は得意で、「ハワイのオーシャン水泳クラブに所属して、太平洋を泳いでいます」と、司令官自身から伺いました。下重さん、ラフェッド大将がいま、もっとも熱中している趣味は、自転車だそうです。

 

〔フォトタイム〕

 

新宿御苑その3

明治天皇ご臨席のもとに「新宿御苑」と改名されたのは、明治39(1906)のこと。平成18年4月から19年3月まで「新宿御苑100周年」と位置づけ、さまざまな行事やイベントが開催されています。写真は、フランス式整形庭園の一部ともいえるプラタナスの並木です。

 

 

 人間というのは、根っから派閥をつくるのが好きな動物だ。3人寄れば、派閥ができてしまう。政界といえば、派閥。派閥といえば、政界というほど、2つは密接だったが、ご存じのように、いまは昔ほどの緊密さはない。いずれ、派閥は消えてなくなる、という見方もあるが、浜の真砂はつきるとも、永田町から派閥が消滅することはあるまい。メダカ、いや失礼、政界人は、とかく群(む)れたがるのである。

だからといって、群れることがわるいとは思わない。たしかに派閥には、それなりの効用もある。たとえば新人議員は、派閥に属することで情報を得ているし、政治教育もうけている。気のあった者が集って、やすらぎもえられるのだ。

 

小泉純一郎前首相は、派閥をぶっ壊したような印象をもたれているが、ご本人はもともと派閥をとても大切にした人だ。派閥の事務総長も経験しているのが、なによりの証拠である。かといって、自分で派閥をつくろうとは、思わない。「子分をつくるのは、好きじゃない」と、以前、小泉さんから聞いたことがある。けっこう、めんどうみはいいほうだと思うが、めんどうくさいというのが、本音に近いのではないか。

 

現在、自民党では造反組の復党問題が、ひとつの争点になっている。安倍政権になって、復党が早まるのではないかと、小泉チルドレンたちは気が気でない。けさの産経新聞によれば、中川秀直幹事長は、「政権公約2005でも、安倍晋三首相の所信表明でも郵政民営化を必ず実現すると言っている。復党を希望される方には、その踏み絵を踏んでもらう」と語ったという。踏み絵なんて、時代がかって、暗いイメージをもったことばが飛び出したのには、驚いたが、たしかに筋論からいえば、そうだろう。


この復党問題も、煎じ詰めれば、選挙事情の問題であり、派閥の問題。自分の政治生命にかかわることだから、それぞれに真剣である。小泉さんが、積極的に発言しないのは、チルドレンたちには不満だろうが、安倍執行部への配慮であり、さすがご立派である。

 

〔フォトタイム〕

 

新宿御苑その2

江戸時代、ここに信州高遠(たかとお)藩主、内藤家の屋敷がありました。大木戸門を入って左に内藤家の庭園があります。この池は玉藻池といいます。玉藻池のほうから、大木戸休憩所を撮ったのが下段の写真です。人よりも大きい雪見灯篭にご注目ください。

 

 

<特集>断末魔の金正日政権
 安保から始まる「戦後からの脱却」と日本の核武装
 京都大学教授 中西輝政/東京基督教大学教授 西 岡 力 

 北の核は恐るるに足らず 
 ジャーナリスト 惠 谷 治 

 中国の属国化する北朝鮮――核実験の裏で進む地殻変動
 ジャーナリスト 萩 原 遼 

 将軍様を激怒させた金融制裁
 ジャーナリスト ウラジミール 

 核兵器を保有しない日本が北朝鮮の核兵器に対して抑止力を持つ方法
  県立広島大学講師 原 理 

【首相補佐官かく語りき】
 われら安倍首相の“母衣(ほろ)武者”とならん
 首相補佐官 小池百合子/根本匠/山谷えり子/世耕弘成 

 安倍総理、教育再生へ初志貫徹を
 高崎経済大学教授 八木 秀次 

深層を読み解く
 胡錦濤の対日“和解”は本物か
 評論家 宮崎 正弘 

 「靖国」にあっけなく決着をつけた安倍首相の訪中
 ジャーナリスト 石  平 

 「知は力なり」、安倍首相の対中韓政策を考える
 麗澤大学教授 中 山 理 

米保守派の「最重鎮」からのメッセージ
 これが日米両国憲法の欠陥だ
 元訟務長官・連邦高裁判事 ロバート・ボーク
聞き手/国際政治アナリスト 伊藤貫
 

 入江相政と富田朝彦
 ジャーナリスト 千葉展正 

 孫が明かす東京裁判パール判事の気概
 インド外務省高官 サティアブラタ・パール 

 知られざる「A級戦犯」合祀への道
 ジャーナリスト 斎藤 吉久 

 私が知っている東條英機の実像
 朝鮮民主統一救国戦線常任議長 朴 甲 東 

 沖縄駐留海兵隊のグアム移転を再考せよ
 戦略地政学者・米海軍技術顧問 北 村 淳 

東京・国旗国歌訴訟批判
 偏向判決相次ぐ司法の甘えた土壌を断ち切れ!
 衆議院議員・弁護士 稲田 朋美 

 国連は“平和のシンボル”ではない
 ミリテックアナリスト 倉田 英世 

 国家百年の大計としての皇室典範改正
 学習院大学名誉教授 篠沢 秀夫 

-●特集●-

新潟県北端の山村にある生家の、50㍍近くの竹薮に熊がいたという。山のふもとでもないのだが、食べものを求めて熊たちは、いま、なりふり構わない行動に出ているようだ。熊の出る村に生まれた者にとって、上流社会のことなどずっと関心外であった。だんだん歳月を重ねて、あたりを見渡す余裕ができてきて、意外なことに気づいた。都会人より、地方の人たちのほうが、文化とか風流をたのしんでいるのだ。地方文化人は、さすがに都会の上流人には適(かな)わないが、都会の中流人よりは、はるかに知的で香り高い生活を営んでいるように思える。

 

東京では、世界の一流美術館から借りてきたアートの展覧会が、連日のようにひらかれている。東京人は、あまりにも展覧会が多いので芸術不感症になっていて、おそらく鑑賞率では、地方の人たちのほうが高いのではないかと思う。ただ、音楽会は都会人優位にちがいない。夜の行事となると、どうしても地方の人たちは不利だ。

 

地方の人たちは、勉強熱心だ。さまざまな勉強会をつくって、東京から講師を呼んだりして自己研鑽につとめている。茶道、華道、仕舞いなども盛んである。田舎出身者にとって、地方のこういう現象はとてもうれしいことだが、自分はどうかとふりかえれば、どうも実り豊かとは参らない。上流人のマネゴトをする必要はないが、せめて地方文化人の足元くらいには近づきたい。

 

きょうは、わたしにとって、憧れの風流人、文化人に歩み寄る日である。いま午前10時。5時間後には、能を鑑賞する。そのあと、能役者らとホテルの会席料理をたのしむ。もっとも、個人的な付き合いの食事ではなく、文化イベント券を購入しての参加。したがって、当方はその他大勢のひとりにすぎない。都会の上流人とは、比べようもない。

 

〔フォトタイム〕

 

新宿御苑その1

新宿御苑には、3つの門があります。新宿門、大木戸門、千駄ヶ谷門です。新宿門ならJR新宿駅南口下車、徒歩10分。東京メトロ丸の内線の新宿御苑前駅下車、徒歩5分。都営地下鉄新宿線の新宿3丁目駅下車、徒歩5分。大木戸門なら丸の内線の新宿御苑前駅下車、徒歩5分。千駄ヶ谷門ならJR千駄ヶ谷駅下車、徒歩5分です。新宿御苑は、環境省が所轄する国民公園ですね。写真は、大木戸門。入って、すぐのところに大木戸休憩所があります。

 

 ソ連がキューバへ核ミサイルを配備しようとしたのだから、アメリカは激怒。ケネディ大統領は海上封鎖を決意し、あわや核戦争か、とまでいわれたキューバ危機。44年前の1028日、結局、フルシチョフが折れて、危機は回避された。その間、緊迫したホワイトハウスにあって、ケネディはつとめて平静を装い、スケジュールもなるべく変えないようにした、といわれている。動揺していることを、ソ連に見透かされるのを嫌ったのであろう。

 

大統領秘書をつとめたエベリン・リンカーンの回想録(邦訳『ケネディとともに12年』)を読むと、その間、ケネディは国家安全保障会議のメンバーや議会指導者、アイゼンハワーやトルーマン、フーバーといった元大統領などとの会談で、多忙かつ緊張した日々を過ごすのだが、その一方で、まるで普通の日のようにウガンダのオボテ首相などにも会っている。

 

この時期に洋服デザイナーのサム・ハリスが、大統領の新しい背広とオーバーをもって、ホワイトハウスにやってきた。リンカーン秘書が、「サムが大統領に会いたがっているけれど、いかがしますか」と、尋ねた。ケネディは、「かれに、6時ごろ来なさい、と伝えてください」といった。そんな、のんびりしたやりとりもあったというのである。

 

約束の時間にサムは新しい背広とオーバーをもって、いつ呼ばれてもいいように大統領執務室の隣で待機していた。合図があって、かれはすぐ執務室にはいり、「背広もオーバーも大統領にピッタリ合うことを確認した」と、リンカーン女史は書いている。そして、こうつづけている。

 

「大統領は、わたしにそれをマンションにいるかれの執事のジョージのところへ持っていってくださいと頼んだ。大きな危機に直面しているようなときでも、約束したことはちゃんと果たすというのは、いかにもかれらしい」

 

日本の首相が大地震の発生でテンヤワンヤしているとき、官邸に洋服店の人間をいれたら、いくら前々からの約束であっても、コテンパンにやられるのはまちがいない。ケネディ大統領の律儀さと度胸のよさには感心するが、なにも、あの時期に背広の寸法を合わせることもないような気もするが、いかがだろう。それとも、これも平静を装うカムフラージュのひとつだったのか。

 

<きょう・あす・あさって>

 

1962年(昭和37年)1028、キューバ危機、回避。

1956年(昭和31年)1029、イスラエル軍、エジプト領シナイ半島へ侵入。あれから50年。

 

〔フォトタイム〕

 

霞が関ビルその7

昔、霞が関ビルの36階には「パノラマ36」という展望フロアがあり、東京の名所でした。現在、36階は一般オフィスとなって、立ち入り禁止となっています。

 

 

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