シリアへの渡航を計画していたフリーカメラマン(58)が、外務省から旅券返納を命じられた。要するに、危険な場所へ行くことはまかりならない、ということだ。ジャーナリストやカメラマンにとって、これはきつい。

旅券を返納させられたフリーカメラマンは、けさの朝日新聞によれば、「渡航と取材の自由はどうなるのか。突然のことで困惑している」と語ったという。

 かつてメディアの世界にいた人間としては、取材の自由といわれれば、とてもそれに異議申し立てをする勇気はない。

さりながら外務省の措置もわかる。やはりシリアへの渡航は危険が多すぎるのだ。

テレビを見ていて感じたことがある。殺害された後藤健二さんと親しかったという人たちがつぎつぎと登場し、後藤さんとの親密ぶりを語っていた。しかし、「後藤さんにシリア入りをやめるように強く忠告した」といった人は、わたしの見たかぎり、現地ガイド一人を除いてだれもいなかった。

そう思っていても、個人レベルでは言いにくいこともある。いうまでもないが、私的なアドバイスに強制力などまったくない。とすれば、外務省や警察庁といった公的機関の忠告というのは、とても貴重なように思える。





 


 

和歌山県紀の川市の空き地で小学5年の男の子が殺され、近所の22歳の男が逮捕された。紀の川市は、江戸期に世界でも初めてといわれる全身麻酔による手術に成功した華岡青洲の出身地。「華岡青洲の妻」を書いた有吉佐和子には、「紀の川」という作品もある。西行もここの出身だという。

 容疑者の父親は私大の教授。桜洲(おうしゅう)という容疑者の名前に知的レベルの高い家庭環境がうかがわれる。実際、両親は教育熱心だったようだ。

 にもかかわらず、親の子育ては失敗した。工業高校で留年し、それが息子の人生を狂わせる契機になったと新聞にあったが、凶行にいたる経緯はそう単純ではあるまい。
 警察が息子に任意同行を求めたとき、母親らが同行したという。母親っ子だったのか。パラサイト・シングルの息子は、警察で容疑を認めず、被害者を知らないと言い張っている。小学生を虫けらのように殺害したこの男は、潔白を信じているにちがいない母親を裏切るのが耐え難いのか。それにしても、いったい、この男の強い殺意はなにゆえだったのだろう。

 元オウム真理教団幹部の林郁夫受刑者(68)は、慶応大学医学部を出た元心臓外科医。目黒公証役場事務長、仮谷さん監禁致死事件で麻酔薬を投与したかれは、すでに無期懲役が確定している。林受刑者はアメリカの名門病院に勤務したのち、帰国して国立病院の医長をつとめた経歴を持つ。だから、かれはふだんから「先生」と呼ばれていた。

 病院や学校、あるいは永田町の一角などでは、「先生」ということばがひんぱんに飛び交っている。このあたりでは、「先生」がごく当たり前で、いわれたほうも、いうほうも、そういうものだと思っている。

 25日、地下鉄サリン事件など4事件で起訴された元オウム真理教信者、高橋克也被告(56)の裁判員裁判の第13回公判で林郁夫受刑者が証人尋問で出廷した。かれは、「事件の被害者や遺族に心からおわびします」と涙を浮かべて謝罪した。

 けさの産経新聞によれば、<仮谷さんが拉致されて教団施設に運び込まれる状況について質問された際にも、すすり泣きながら約20秒間沈黙した>という。

 また記事によれば、林受刑者は弁護側から「先生」と呼ばれると、「ちょっと、わたしはもう先生じゃないから」と感情をあらわにしたとか。
 このような林受刑者の常識人としての素顔に接すると、なぜかれがオウム真理教にのめり込んでいったのか、その経緯があらためて気になる。


 

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